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電縁都市ふじさわ市民記者養成講座を修了したみなさんです。
 
市民記者 No.112 TOMU
 
■コラム3:ふじさわから世界へ
「藤沢市湘南台文化センター子供館
 プラネタリウムリニューアルオープン」
2008年5月7日

2008/10/20より上映を中止していた藤沢、湘南台のプラネタリウムが来る2009/7/1(水)OPENする。
その前に工事中のプラネタリウム会場の中身を見学する催しが2月と3月に行われ2日間で約160名の市民の見学があった。編集子も3/28に見学できる機会があり約1時間見学した。

1.経緯
今までのプラネタリウムの投影は今から19年前に始まり以来毎日子供館の開館の日に天空の投影を行い、春と秋には物語の映写も円形ワイドスクリーンで迫力のある全天空映像と多重音声で映画や物語を映写してきた。この間に動員された観客の総数は約125万人に及ぶ、特に小学校、中学校の教育の一環として午前中と午後の一部をその対応にあて、開放し子供たちの理科視聴覚教育に大きく貢献してきた。そのプラネタリウムもよる年波と老朽化により昨年で引退となった。

2.アナログからデジタルに
19年の前に、最先端のプラネタリウムであったものが、今はデジタル技術を駆使した先端技術へと進化しシステムも小型高性能化になって、おなじみの双頭の投影機GSSU(写真1)から単頭の投影機(写真2)に変わり大きさも約1/2となった。

     
   
  【写真1】GSSU旧投影機
旧投影機GSSU型は19年間の役目を終わり
宇宙劇場の入り口に展示されている。
 
     
   
  【写真2】新設される投影機
新投影機は4kの高解像度デジタル映像画面
(HV16 )
 

新しくなった投影機では、今まで投影される星の数が25000個だった、新しい投影機では1千万個(約400倍)の星の投影ができ、今まででも美しく投影されていたものがさらに美しくリアルにみることができる。繊細な投影による美しい天空、迫力ある映像と多重チャンネル音声、迫力ある音の楽しみが倍増することであろう。

3.今後のプラネタリウムへの期待
デジタル化による全天周画像と多重チャンネル音による迫力、綿密に作られたスクリーン(スクリーンは2mmの穴が2億個厚さ0.6mmのアルミの板にあけられておりその長さをたすと400KMスクリーンの大きさは直径20M)
今時点での最先端の技術と最先端の加工技術で作り上げられたこのプロネタリウムで 観てくれた人たちが将来に向けて大きなの夢を描けるプラネタリウムであってほしいと思います。
是非皆さんも、この新しいプラネタリウムを観て実感してほしいと思います。
観覧席は今まで200席でしたがゆったりくつろいで観ていただけるように163席になりました。

     
   
  新観覧席  

4.宇宙劇場の開演内容、時刻は下記の通りとなっています。

【開演内容】

一般向けプラネタリウム
キッズプラネタリウム
全天周映画
【開演時刻】
◎火曜日〜金曜日
15:50〜
◎土曜、日曜、祝日および春,夏,冬休み
第1回 10:30〜
第2回 11:30〜
第3回 13:10〜
第4回 14:30〜
第5回 15:50〜

 
 

新しくなった宇宙劇場、デジタル音源と全天周のプラネタリウムに
Let’s Go!!!

 
市民記者 No.112 TOMU
 
■コラム3:ふじさわから世界へ
「長後の桜祭り」
2008年4月7日

長後公民館主催の桜祭りは今年で20年になる。
満開の長寿さくらソメイヨシノ(樹齢約60年、樹高10m、幹の周り2.5m)の木の下で市民が桜を愛ながら、日頃練習している歌、踊り、器楽演奏、館内ロビーで囲碁、将棋の対局、など多彩なイベントが行われた。

13時から15時の短い間に800人ほどの方が訪れて、穏やかな日差しの中花見と各団体の発表会(各G15分)に拍手をおくっていた。
「20年の節目の年に庭のソメイヨシノの花の上部に花より枝が目立つようになった」と(公民館の高橋さん)おっしゃり桜の木の老化を心配しておられた。そういえば、庭の土もかなり硬くなっている感じもした。

他にも子供のために公民館の女性職員の方が、色紙を使って折り紙の指導をしたり、草餅、甘酒、など地元の皆さんからのサービス、フラダンス、フラメンコなどの華やかな出し物もあり短い春のイベントは、春の柔らかい日差しに似て和やかな雰囲気で行われた。

長後の桜祭りが20年継続していることに皆さんの努力のほどをしのぶと共に今後も長く続くことを願いたいものです。

     
   
     
 
市民記者 No.112 TOMU
 
■コラム3:ふじさわから世界へ 1
藤沢の施設再発見その1 「ふじさわから世界と対話」
2007年2月16日

世界の国々のどことでも相手がいればお話できる。その場所は、湘南台文化センターこども館にあります。昨年(平成18年)の初めから再開した湘南台文化センターこども館、「アマチュアー無線室、」は、湘南台文化センター本館、3階です。上りの3階行きのエレベータに乗り3階で降りると、無線室です。(プラネタリウムへは東棟の3階です)アマチュアー無線を通じて各国の人と話しをすることも出来ます。英語、ドイツ語、フランス語、スペイン語等、その他、語学の出来る人は勿論、出来ないが興味のある人も、生の言葉に接して楽しむことが出来ます。

   
  湘南台文化センター  
   
  無線室外観  

アマチュアー無線室は、毎週土曜、日曜、祝日、開いております。無線室では、説明員が朝10.00時から夕方15.00時まで、常駐しています。無線に興味のある人、現在無線従事者免許を取得している人、アマチュアー無線を楽しんでいる人、お子さんに科学の一端を見せたい人、等ぜひ立ち寄ってみてください。(老若男女を問いません)無線従事者の免許をお持ちの方で且つ、無線局の免許をお持ちの方は、実際に無線機を使い運用、操作することも出来ます。(ゲストオペレーション制度)
これからのデジタル化に、また電波の知識の吸収に、お子様の科学の芽の醸成に、また、今年の3月より画像通信が出来るように現在準備中です。
アマチュアー無線室をご利用いただければ幸いです。

 
市民記者 No.112 TOMU
 
■コラム3:漁業から見た藤沢
「漁業から見た藤沢」 
2006年4月20日

 藤沢市を漁業の視点で考察すること大変興味深く聞かせていただきました。実は、藤沢市に漁業があるなんて今日の話ではじめて知りました。20数年前に藤沢市に移り住んでこのかた漁業のあることを知らなかったのです。観光と商工業中心で、昔は宿場町、お寺を中心とした門前町であると理解していました。それが漁業の町であり、農業の町だとは、驚いた次第です。

 堀川網の網元の一代記を見るようにリアルで説得力のあるお話、感じ入りました。漁業の盛衰記、環境、水の汚濁、暖流による魚の回遊などは藤沢の海の歴史を知るのに大変いいお話と思います。
 これらは今の学校教育の中にも取り入れられているとのことは大変意義深いものと思いました。ぜひこれから藤沢を訪れる方は、堀川網の網元を訪れることを推奨いたします。

  バスツアーで藤沢を通るときは、必ず、藤沢警察署を江ノ島に向かってすずやの前を左折して堀川網の網元によるような観光ルートを作ることを市の観光課も検討の余地ありと思います。
 卑近な例として静岡では必ず帰りにマグロの市場にバスは寄ります。また千葉でも魚市場に寄ります。藤沢市が環境と電脳を売り物とするならぜひ再考されたらいかがと思います。最後のほうは蛇足です。

 
市民記者 No.112 TOMU
 
■コラム2:藤沢の自然と歴史
「"由来"白旗神社」
2006年4月11日

 境内に入るとすぐ脇を通る国道467号の車の騒音もけされ静寂がよみがえる、ここは源義経の霊を祭る神社である。また、近郊の人々の支えの神社でもある。その成り立ちは写真の立ち看板に表されている。
 内容を要約すると元は相模一ノ宮の寒川比古命の分霊を祀り寒川神社と呼ばれれていた。その後鎌倉時代の「吾妻鏡」によると源頼朝の勘気を受け源義経が奥州平泉衣川館で自害、その首が奥州から新田冠者高平により鎌倉に送られ腰越の宿に着き、和田義盛、梶原景時により首実検が行われた、弁慶の首も同時に送られ首実検が行われ、夜の間にこの神社に飛んできたといわれている。このことを源頼朝に伝えると白旗明神としてこの神社に祀るようにとの事で義経公を御祭神とし、後に白旗神社と呼ばれるようになった。弁慶の首は八王子社として祀られた。
 その夜のうちに飛んできたとは、なかなか考えられないことであるが腰越から藤沢の地白旗神社はたぶん船で運ばれたのではないかと推測できるそれこそ夜船による輸送である、丁度、白旗神社の前を白旗川が流れておりこの川は藤沢市民病院の前を流れ境川と合流して海に注いでいる河口は今の腰越に近い、この川も砂丘の谷間を縫って流れたのだろう。

 
市民記者 No.112 TOMU
 
■コラム1:きらきらのあの日
「きらきらのあの日」
2006年4月3日

 きらきらの日は、予測なしに訪れる、特にお空の状況により変化する電波の世界は顕著である。それは夏も終わりに近く秋になろうとする暑い日であったとおもう。体も怠くなるような日であった、無線機の電源を投入し何となく14MHzの周波数を聞いた。
 瞬間自分の耳を疑う信号が入ってきた、それは地球上で日本とは真反対にあるリオからの信号であった。なんと言う事か今まで交信したいと常々考えていたのであるが5年来待ちに待った信号である。早速応答を開始した。違わずパイルアップ(多くの局が呼ぶためなかなか交信ができない状態)であり待つ事30分ようやくパイルアップが下火になったと同時に交信が成立した。お互いこのときは信号強度、自己紹介のみで終わったが、これが私の無線界にのめり込むキラキラの日であった。それは今から45年前のことである。

 
 

TOMU


1939年岡山生まれ。趣味のハム(アマチュア無線)のキャリアは半世紀を越える。鳴門秘帖をはじめ時代小説を愛読、水泳もこなす。湘南台文化センターのドームの秘密が気になりつつ、木工細工、アンテナづくり、デジタル映像など、好奇心は常に感度良好。藤沢の歴史と、変化の共有をめざす。

 
藤沢市市民記者一周年記念誌「ふじ記第1号」
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「市民記者養成講座」は慶應義塾大学金子郁容研究室(文部科学省/現代GPプロジェクト)と藤沢市の共同で開催され、ISIS編集学校(編集工学研究所)のカリキュラムの一部が利用されています。また、この市民記者のページは編集工学研究所のサポートで運用されています。