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電縁都市ふじさわ市民記者養成講座を修了したみなさんです。
 
市民記者 No.303 いっぱん@庶民
 
■コラム: しょみんのコラム Vol.-003
「55回目の歴史行事」
2008年11月11日

「いちど、ちゃんと見たいね」と夫婦で言っていた、箱根大名行列に行ってきた。
 (箱根大名行列HP:http://www.hakoneyumoto.com/pr/daimyogyoretu/
神奈川に「ウン十年」以上住んでいながら、今まで2人ともまともに見た事がなかったのだ。

当日は、夫婦ともに寝坊してしまい、家を出るのが1時間位遅くなってしまった。
そのため、当初計画していたスタート地点、「湯本小学校」での集合&出発シーンを見る事ができなくなった。
そこで、見る場所を急遽変更し、「ホテルおかだ」付近で見る事にした。ここは、火縄銃の演習も見学できるようだ。
 (図:http://www.hakoneyumoto.com/pr/daimyogyoretu/

小田急−JR東海道−箱根登山鉄道を乗り継いで、箱根湯本駅までは我が家から、徒歩含め約90分の行程だ。
普段なら伊豆・箱根方面には車を使うのだが、この時は通行止めや渋滞が予想されるため電車を使った。(それと、一杯飲めなくなるので)
手さげ袋に「おにぎり」「飲み物」「バナナ」等を詰め込み、妻は万歩計をセットした。

電車に揺られ箱根湯本駅に着くと、もうそこはお祭りムード満点!商店街やお土産屋はまさに「かきいれ」時。「○○、いかがですかー」と、店のおばちゃん達の掛け声が響く。
沢山の人の波に揉まれながら、地図を片手に目的地を目指す。
途中、干物の試食や日本酒の利き酒、蒸したてのホカホカ「酒まんじゅう」などに寄り道&舌鼓を打ちながらだ。
ゆっくり箱根を歩いてみると「今まで知らなかった新たな発見」があって結構楽しい。

早川の支流、須雲川に掛かる橋を渡って川沿いにゆるい坂を上っていく。
このあたりも大名行列が行進するルートのようだ。すでに、場所取りをしている人もいる。

     
   
  須雲川沿いを歩く  

鮎見橋という橋を渡って左に折れると、そこが今日私達が見学場所に決めた目的地だ。こここまで途中寄り道をしすぎたので、40分位掛かった。早速、場所取りをする。
しばらく待っていると、やがて華ranのパフォーマンスが始まり、周囲はさらににぎやかになった。まもなく大名行列を含む行進のスタートだ。

     
   
  行列前の華ranのパフォーマンス  

参考HP:http://www.geisha.co.jp/shinjuku_yosakoi.htm

ここでも環境保護PR?看板を乗せたハイブリッド車プリウスを先頭にして・・

     
   
  案内看板を乗せたプリウスを先頭に  

プラカードを持ったお姉さんに続いて・・

     
   
  プラカードを先頭に
 

箱根の小学生の「マーチングバンド」がそぞろ歩き・・・

     
   
  マーチングバンド
 

アメリカ軍楽隊が続き・・・

     
   
  アメリカ軍楽隊
 

いよいよ「下に〜下にっ!」という掛け声とともに、本物の大名行列が始まった。
(行列本体順序:http://www.hakoneyumoto.com/pr/daimyogyoretu/

旗持はじめ挟み箱など、見学するのに一生懸命になってしまい、多くのシャッターチャンスを逃してしまったが、これだけは逃すまいとシャッターを切った。それがこれだ。

     
   
  火縄銃の実演
 

「パーン!」「パパパーン!」という物凄い音とともに、いよいよ見てみたかった「火縄銃の演習」が始まったのだ。
結構な迫力!だ。妻と子供は「凄いねー」と、驚きながらもその迫力に喜んでいる。
その後、火縄銃を持った鉄砲隊は、本当に火のついた火縄を持って行進していった。

     
   
  火縄を手に持つ鉄砲隊
 

そして、中奉行や家老などが通ったのち、いよいよ大名と篭が通る。

     
   
 
 
     
   
 
 

大名を撮影しようと思ったら、動きが早すぎるのと、外人さんと記念撮影をしていたため、一番のシャッターチャンスを逃してしまった。画像を載せることができなくて残念だ。
しかもこの大名、とてもひょうきん&サービス精神旺盛な大名で「観客に手を振ったり、握手したりしてギャラリーに応える」ため、筆者は最初、大名とわからなかった。

その後、蔵元や医者、最後に長持と続き、大名行列の行進、そして立教大学の吹奏学部や芸子さんのパレードなど、この場所を全て通りすぎていった。

ちょっと微笑ましかったのは、子供の忍者(若しくは“くせもの”<笑>?)がいた事だ。
影で殿様を守ろうとしているのか? それとも大名を狙っているのか?

     
   
  大名を影で守る?子供の忍者!
 

さて、箱根大名行列について少し学んだ事を紹介させていただく。
大名行列は、箱根三大祭りのひとつで、毎年11月3日(文化の日)に行われている。

江戸時代に行われていた参勤交代をイメージし、旧東海道などを行進する行事で、昭和10年から続いている祭りである。
太平洋戦争時、一時中断したが、戦後は11月3日を中心として、毎年開催されるようになり、今年で55回目を迎えたとの事だ。詳しくは・・
 (箱根大名行列HP:http://www.hakoneyumoto.com/pr/daimyogyoretu/

・・をご覧戴きたい。

私達のように、同じ神奈川県に住んでいながら、まだご覧になった事がない市民の方は、来年にでも家族・友人・恋人同士で出かけてみる計画をなされてみてはいかがだろうか。
きっと今までとは違う、歴史・自然・文化、そして美味しさに触れる事ができると思う。

そうだ! 本日の歩数は・・・と。
箱根湯本周辺〜湯本富士屋ホテル〜風祭まで歩いた事もあり、万歩計は・・

     
   
  21,032歩、走破!
 

・・を示していた。健康のためにも、たまにはこれくらい歩なくちゃだめかな!

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<交通> ※以下は2008年11月8日現在
 1.片瀬江ノ島〜(小田急¥150)〜藤沢〜(JR東海道¥570)
   〜小田原〜(箱根登山鉄道¥300)〜箱根湯本
    ※交通費計¥1,020、時間約70分
 2.長後〜(小田急¥210)〜藤沢〜(JR東海道¥570)〜小田原
   〜(箱根登山鉄道¥300)〜箱根湯本
   ※交通費計¥1,080、時間約70分
   又は、〜(小田急江ノ島線)〜相模大野
   〜(小田急小田原線¥650)〜小田原〜(箱根登山鉄道¥300)
   〜箱根湯本
   ※交通費計¥950、時間約100分
 3.辻堂〜(JR東海道¥480)〜小田原〜(箱根登山鉄道¥300)
   〜箱根湯本
   ※交通費計¥780、時間約50分
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                      by いっぱん@庶民

 
市民記者 No.303 いっぱん@庶民
 
■コラム: しょみんのコラム Vol. - 002
「秋の珍客とアウトロー」
2008年11月10日

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少し前の話ですが9月の終わり頃、息子が学校の帰りに「珍客」を連れて帰ってきました。
珍客とは、「小さなカマキリ」の事です。
息子は、家の誰かに見せたくて「連れて帰ってきた」のでしょう。

筆者も子供の頃、息子と同じように、虫や小動物を捕まえては家に持って帰り、親兄弟に見せた事を思い出します。「そんなの捕まえて来て!」と怒られたことも・・
何だかとても懐かしくて、ほんわかするような気持ちです。(年かな?)

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 妻:「すこし観察したら、逃がしてあげるのよ。」
 息子:「はーい。でもどこに逃がせば良いかなあ?」

 妻:「ベランダの“イチゴ”か“オクラ”の所にでも放してあげたら?」
 息子:「でも鳥が来たら食べられちゃうよ。可哀そうだよ。」

 妻:「うーん。じゃあ、夏みかんの木の“ネットの中”に放してあげれば?」
  「あそこなら、鳥も来ないし、中に虫がいるからエサに困らないかも。」
 息子:「うん。そうだね。じゃあ、そうする。」

 妻:「2・3日したら、逃がしてあげるのよ。」
 息子:「はーい。」

かくして、息子の連れて来た珍客は、我が家に外泊する事になりました。
(この2・3日後、逃げたのか土に還ったのか、行方不明になってしまいましたが・・)

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私達が住むこのあたりにも、畑や雑木林など、自然が所々残っています。
春〜秋にかけては“アゲハチョウ”が、初夏には毎年“ノコギリクワガタ”や“コクワガタ”が我が家に飛んできます。
昨年の秋には、ベランダのニガウリの葉の所でカマキリが「鎌」を持ち上げ、“ファイティング・ポーズ”をとっていた姿を見かけました。

“カマキリ”は夏から秋に掛けて、バッタなど「秋の虫」を多く見かける頃に良く見られます。
子孫を残すため、一番獲物が多いこの時期に積極的にエサを捕るからでしょう。


さて、我が家の“夏みかんの蚊帳”に2・3日、外泊していただく前に“リビングのマットの上”に座って戴き、プチ観察&記念撮影です。

     
   
  “外泊前のコカマキリ”  

大きいカマキリとは違い、ちょっと「温厚」か、「おくびょう」な性格の持ち主のようです。
ご覧のように、近づいてアップで撮っても “ファイティング・ポーズ”を取りません。

息子と一緒にネットで調べたら、どうやら「コカマキリ」という種類である事がわかりました。
(参考HP:昆虫エクスプローラ: http://www.insects.jp/kon-kamako.htm
日本には10種類程度のカマキリが生息しているようで、その中でもごく一般的に見られる種類のようです。

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さて、日は変わって11月2日。この日は藤沢市民記者の研修会があり、筆者は慶應義塾大学 湘南藤沢キャンパス(SFC)に出かけました。
秋晴れのすごく天気の良い日だったので、歩いていても「とても爽やか」で気持ちいいです。

     
   
  慶應SFCの歩道です  

その帰り道、キャンパス内の歩道を歩いていると・・・・いた!いた!
今度はアウトローとの出会いです。
相当、気合いを入れて生き延びてきたらしく、もー迫力充分です。(^_^;)
大きさは、先日の“コカマキリ”とは違い10cm位はありそうです。どうやら、このアウトローは、「オオカマキリ」のようです。

     
   
  完全に“ガンつけ”てやがります  

さて、もう少し観察してみましょう。少し左にまわってみました。
"ファイティング・ポーズ"
おや?? どうやら彼ではなく、彼女/お母さんのようです。お腹が大きいみたいです。

     
   
  ファイティング・ポーズをとる彼女?  

もう少しまわってみましょう。それでも「ずーっと」ファイティング・ポーズをとりながら、こっちを睨んでいるように見えます。相当、ガンつけ上手です。
それと彼女、緑色の肢体に茶色のタトゥーを殆ど全身に入れているようです。
手を出したら、「大きく鋭いカマ」と、「何でも噛み砕くキバ」でケガでもさせられそうです。
おー怖っ! いちゃもんつけられる前におとなしく帰ろっと!

     
   
  元気な子? たくさん産めよ!  

秋の夜長。
こんな話題でも、市民の皆さんに「お子様との時間」など、楽しんで戴けたら幸いです。

                        by いっぱん@庶民

 
市民記者 No.303 いっぱん@庶民
 
■コラム: しょみんのコラム Vol. - 001
「美味しく食べよう」
2008年11月7日

黒潮の分流の影響を受ける相模湾も毎年、特に夏から晩秋にかけて回遊魚の季節となる。釣り船やボートでの釣りはもちろん、江の島の磯まわりや堤防など、「おかっぱり」からも結構なサイズ(40cmを超える)の回遊魚が数多く釣り上げられる。

江の島周辺で釣り上げられる回遊魚には、イワシ類(カタクチ、ウルメ、時々マイワシ)、サバ類(ゴマサバ、マサバ)、アジ、ソウダガツオ類(ヒラソウダ/マルソウダ)、ワカシ/イナダ(ブリの子)、時々カンパチ、シイラ、サワラ・・等々、多くの種がある。ただし、年によって釣れ盛る魚もあれば、全くの不漁で終わる魚もいる。

回遊魚の中には、ほとんど「魚屋に並ばないが、刺身で食べてとても美味しい魚」がいる。また、「〆方によっては刺身でも美味しいが、生ではあまり食べない方が良い魚」もある。その事を知っている釣り人は、釣り上げた魚を思い思いの方法で〆(シメ)るなどして持ち帰り、それぞれの料理を楽しんでいる(と思う)。

あまり刺身(生)では食べない方が良いとされる回遊魚の中に、マルソウダ(ソウダガツオの類)という魚がいる。この魚は「血合い」の部分が非常に多く、書物によっては「血液が微毒」と書かれているものもある。「血合い」というくらいだから、当然この部分には大量の血液分が含まれている。

ぱっと見、このマルソウダと見分けがつかない魚に、よく刺身などにして食される「ヒラソウダ」という魚がいる。魚屋にはあまり並ぶ事のない代表種だ。ヒラソウダは、マルソウダのように血合い部分は多くなく、時期やサイズ、油ののり具合等にもよるが「ホンガツオ」より美味しいという人も結構多い。筆者もファンのひとりだ。

話をマルソウダに戻して、血液=微毒?の話をネットで詳しく調べていくと、魚の処理(〆方)や保管の仕方によっては、「ヒスタミン」というアレルギー物質がどんどん増えてしまい、これが「食中毒」のような症状や、「じんましん」などを引き起こすらしい事がわかる。

本当は、腐敗などによる細菌性食中毒とは全く違うのだが、「サバの生き腐れ」という話があるのと同様、処理・保管によっては、特に血合いの部分でこの「ヒスタミン」が増えてしまい、それが青魚で「あ・た・る・」という症状を引き起こすようだ。こういった理由で、マルソウダは生で食さない方が良いとされている。

しかし釣り上げてすぐ、きちんと〆て血を抜き、すぐキンキンに冷えた海水氷で急冷したまま持ち帰り、血合い部分を除いて新鮮なうちに食せば、生(刺身)でも大丈夫&美味しいし、アレルギーもほとんどない?と言う人も結構いるようだ。実際、ネットで様々な料理方法も紹介されている。元々、蕎麦屋のつゆのダシ、「ソーダ節」の原料となる通り、味の濃さは抜群な魚の様だ。

そこで、シンプルに刺身(生醤油・生ワサビ/おろし生姜)もいいが、洋風に「カルパッチョ」、韓国風に「ユッケ」など、無国籍料理にも挑戦してみてはどうだろうか。日本酒、焼酎、ビールはもちろん、料理によってはワインにも合う料理が出来るのではないだろうか。

さて、先日筆者が釣り上げた「マルソウダ」は・・というと、一度、自分でつくってみたかった「自家製の味醂干し」になっていただいた。本当は、味醂を切らしていたので「味醂“風”干し」の方が正しいかもしれないが・・

つくり方だが、まず頭などを落とし、おろした魚に軽く塩をふり、しばらく冷蔵庫でドリップ(生臭水)をだした後、軽く水洗いをする。そして水分をふきとり、前もって氷温室で冷やしておいた「漬け汁」に一昼夜漬ける。漬け汁は、熱してアルコール分をとばした日本酒に砂糖を控えめに加え、最後に少し控えめに醤油を入れたもの。調味料を加える順番、「さ・し・す・せ・そ」を可能な限り守る。

次の日、漬け汁を軽くふき取ってから白ゴマを振り、ベランダで乾いた秋風と紫外線に数時間あて表面を乾かす。この時点ですでに美味しそうな香りがしている。自然の力は凄い。指紋がつく程度に適度に乾いたら、冷蔵庫に入れ「冷蔵庫干し」にしながら少し寝かす。

     
   
  下:マルソウダ味醂風干し 上:サバの塩干し  

本当はこの「味醂風干し」の魚を「七輪」で焼き、焼きながら「熱々」をそのまま頬張りたいところだが、我が家では出来ないので、いつものようにガス台のグリルで焼く。火は弱火だ。それでも、〆て血抜きをした時にバケツに油が浮く位、油ののった“メタボな魚”だったので、「ジュウジュウ」と音をたてながら皮目、ガンバラが焼けていく。

ふつふつと湧きだし、そして飛び散る油に時々「ボウッ」と火が着く。同時に煙が出る。その油と醤油の焦げた香ばしい匂いは、じゅうぶんに食欲をそそる。とても美味しそうだ。

さあ焼けたら、「熱々」のところを「ホフホフ」しながら頬張る。焼酎ととても合う。これは想像以上に美味しく、癖になりそうな風味だ。こうしてその夜は、しばし至福の時を楽しむ事が出来た。旨かった。

以前筆者は、マルソウダをあまり美味しい魚だと思っていなかった。これがそのままの形で棄てられて死んでいる姿も結構目にしている。だが、料理の仕方によってはこんなにも美味しく食べる事ができるとわかった。次回は、ぜひ「生」にも「その他の料理」にもチャレンジしてみようと思う。ネギ・ショウガ・ミソを叩きこんで「なめろう」も良いし、表面をカリッと油で焼いてトマトソースもイイかも知れない。

マルソウダをはじめとしたこれら回遊魚は、魚の活性が高ければ初級者でも比較的たやすく、ゲットできると思う。来年の夏から秋、弁当でも持って家族・友人・恋人と出かける計画をされてはいかがだろうか。江の島内には2件ほどの釣り具・釣り餌店があり、釣果や波風の近況を聞くことも出来るし、餌やご当地に合った仕掛けを調達する事もできると思う。以後の参考になれば幸いである。

今日も自然がくれた恵みと、魚が庶民にくれた「命」に感謝! 「ご・ち・そ・う・さ・ま!」 m(__)m
by いっぱん@庶民 

参考HP(リンク):
・藤沢市観光ホームページ : http://www.cityfujisawa.ne.jp/kankou/map/co_eno.html
・WEB魚図鑑 : http://fishing-forum.org/zukan/index.htm
・写真検索ヒラソウダvsマルソウダ : http://fishing-forum.org/zukan/sanhtml/P000006.htm

 
市民記者 No.303 いっぱん@庶民
 
■コラム: 江の島の〈自然に学ぶ〉〈歴史を展く〉
「歩いてほしい江の島への道」
2008年10月17日

片瀬方面から「弁天橋」を渡れば、もうそこは「江の島」だ。土産物屋や磯料理の店などが立ち並ぶ入口には、約200年前の文政4年(1821)に再建された、江の島弁財天信仰の象徴の「青銅の鳥居」がある。

     
   
     

ごく一般的な観光・デートならば、この「青銅の鳥居」付近のお店を巡ったり、鳥居をくぐって坂や階段を登り、江の島神社・灯台・その先などを目指すと思うが、今回「筆者がお勧め」する観光・デートコースは、それとは「ちょっと」違う。

例えば、青銅の鳥居の北東にある、昭和39年(1964)の東京オリンピック開催を記念して作られた「オリンピック記念噴水池※1」、その西側にある、シャミセンガイの研究で江の島に明治10年(1877)、臨海実験所を開設した、エドワード・S・ モース博士の「記念碑※2」や「歩道の絵※3」、江ノ島とは、実は別の島で、オリンピックの時に埋め立てられて陸続きとなった、「聖天島※4」(この近辺はオリンピック前、宮崎の日南海岸、「鬼の洗濯岩の様」だったそうだ。参考URL: http://www.pmiyazaki.com/nichinan/pano_uchiumi.htm

さらに、江の島の年齢を証明する、表磯の上部にある「三本の帯※5」の地質、過去の大地震によって隆起した、「不思議な坂と近辺の家の構造※6」などなど・・

     
 
※1   ※2
 
※3   ※4
 
※5   ※6


江の島は、この短文かつ1回のコラムでは、とても紹介しきれないほど、様々かつ、奥の深い「歴史、自然、文化」を持った「とても面白い島」なのだ。数々の面白スポットや、その詳しい内容については、また別の機会に「コラムで紹介させていただく」として、今回はその中の入口部分、「歩いてほしい江の島への道」、1か所だけに絞って詳しく紹介する。

その道は、「季節限定」「時間限定」「潮回り限定」の、普段は“通る事のできない”道だ。さらには、たとえ「季節・時間・潮回り」がピタリと合っていたとしても、前日までの「天候」、「風や波の状態」、「気圧の状態」などによっても、人が通る事を拒むような道なのだ。

だから、もし歩いて渡る事ができたら、相当に運が良い事になる。それこそ、滅多に歩いて通る事ができない道だ。筆者もここ数年、ずっとその道を見ていないほどだ。

種明かしは後にして、ちょっとその道までの案内をしておこう。
江の島駅を降りたら、観光案内所横の地下道に入り、左手の方向(地下道を挟み、境川と反対の東浜側)へ進んで貰いたい。間もなく、顔に当たる潮風と共に、パッと視界が開け、東浜海水浴場へ出るはずだ。そうしたら次は、江の島に掛かる弁天橋(歩道)と大橋(車道)沿いに、江の島へ向かって歩いてほしい。画像の方向のイメージだ。

     
   
     

時々、砂に足を取られるので、カカトの高い靴を履いている場合は、転ばない様に足元に気をつけて(あげて)ほしい。

しばらく橋に沿って歩きながら、前方を探せば(運が良ければ)、やがてその道が目に入るはずだ。そうだ。「歩いてみてほしい道」とは、自然現象が造りだす「砂の道」だ。普段は、弁天橋や大橋の「橋げた」を波が洗うため、橋の上を渡る事でしか「江の島との行き来」をする事はできない。だが、この時だけは、この「砂の道」を歩いて江の島まで渡る事が出来るのだ。

この自然が造る道を「トンボロ」とか、「陸繋砂州(りくけいさす)」という。沖からの波風(江の島の場合は、南風)が、江の島の右左を回って通り、橋付近でぶつかりあう為に砂が堆積し、この地形を造るのだそうだ。
隣県の静岡、西伊豆・堂ヶ島の三四郎島
(参考: http://www.izu-kankou.or.jp/special/viewspot/01sanshiro.html
などもそうだ。

伝説によれば、江の島が誕生したのは、552年(実際は、推定5〜6万年円前)の事で、五つの頭を持つ龍(五頭龍)と(天女)との恋物語が残されている。もしかすると、この滅多に歩く事の出来ない砂の道が、彦星と織姫、そして天の川・・のような、五頭龍が弁財天に「会いに行くための道」なのかも知れない。

かつて、頼朝が愛しき政子にプレゼントしたとされる、桜貝の貝殻でも探しながら、江の島まで歩いて渡ろう。その貝殻が見つかったら、大切な人へ見せてあげよう。

そうして、宝物を探しながら江の島についた頃には、足元の悪い砂浜を歩いた事で、少しお腹が空いたり、喉が乾いているかも知れない。醤油の焦げた、あの「ぷーん」とする、いい匂いが漂っている事もあるだろう。

少し、この辺りのベンチやお店で「喉ごしらえ」「腹ごしらえ」でもしてから、このあとの大切な時間を楽しんでくれれば・・と思う。

     
   
     

最後に、砂の道を歩ける条件と注意について触れる。季節は春〜秋まで。潮回りは、大潮か中潮、一番潮が引く時間帯が良い。但し、大潮でも「潮の引きが少ない時もある」ので、なるべく潮位が低くなる日時を選ぶのがベターだ。

台風が発生している時は、例え台風が遠くの位置にあっても突然、大波が発生したり、波足が長くなる事がある。また、低気圧が入った時や風向きなどによって、波は予想以上に砂浜を這い上がってくる事もある。充分、注意してほしい。

なお、台風や低気圧が通った時に砂が流出してしまい、砂の道が出来ない時もある。あくまでもこの道は、「自然が造る道」なのである。

(参考HP)
・江の島灯台カメラ(ライブ映像):
  -> http://musns.mus.city.fujisawa.kanagawa.jp/enoshima_movie/index.html
・Yahoo!天気情報江の島:
  -> http://weather.yahoo.co.jp/weather/jp/leisure/tsuri/14/21027.html
・史上最強の潮干狩り超人(リンク先の潮干狩り指数を参照):
  -> http://mirabeau.cool.ne.jp/shiohigari/

 
市民記者 No.303 いっぱん@庶民
 
■コラム: 藤沢でがんばる畜産・農業
「農業の達人たちと繋ぐ、ふじさわの未来」
2008年10月17日

9月6日、慶応大学SFCにて「電縁都市ふじさわ市民記者養成講座」が行われ、市民記者の卵と関係者ら、約30名が「藤沢の農業」について、二名の講師の話を聞いてきたので、本コラムにて紹介する。

講師の一人、株式会社みやじ豚・代表取締役社長、宮治勇輔氏(以下:宮治氏)は、「1.きつい、2.汚い、3.かっこ悪い、4.臭い、5.稼げない、6.結婚できない、以上6つの“K”がつく産業(3Kよりひどい6K産業??)の養豚業を・・、“カッコよくて”“感動があって”“稼げる”3K産業にしたい。」
さらには、「若者が誇りを持ち農業に従事できる様、様々な面からサポートをしたい。」など、農業に対する希望と未来を語ってくれた。

筆者の私見だが、「農業維新」と言っても過言ではない“考え方”と“取組”だ。

     
   
  新3Kを力説する、宮治氏  

もう一人の講師、JAさがみ・藤沢市農業経営士協議会会長、亀井利貞氏(以下:亀井氏)は、燃料や肥料の高騰の問題、野菜の育て方による味の問題、流通や消費者の選択の問題など、日本の農業と食の関係に多くの問題がある事を掲げてくれた。

「このままでは後継者が育たず、食糧自給率も上がらず、結局のところ、どんどんマイナススパイラルに陥っていきます。そうなったら日本の農業、そして食は、いったいどうなるのでしょうか・・」

「さらに海外では、“食糧輸出規制”もすでに始まっています。日本の食糧自給率は40%を切り、この藤沢においては、7%とも3%程度とも言われているレベルです。農家・行政・消費者それぞれの方が、もっともっと危機感を持って下さい。」とも。

     
   
  農と食を憂慮する、亀井氏  

講師らによれば、「日本の農業が縮小・衰退していった原因は、農業従事者らが消費者の反応や評価、価値などを直接に確認できずに、生産(育て出荷)する事のみに“力を注いできた事が原因”」と指摘。

そして、「これらの問題を解決するためには、農業の在り方、流通の仕方などを大きく変える必要がある。」

「特に“新鮮さ”“美味しさ”“安全性”などの差別化や、農家と消費者との、“お互いの顔の見える関係(信頼関係)”にしていく為には、直販などに活路を見い出してこそ可能になる。」

「幸い我々の住む藤沢は、農業に適する気候・地質で、都市型・地産地消も可能な恵まれたマーケットのある地域。この地域メリットをぜひ皆さんと享受したい。」と話をしめくくってくれた。

 講座終了後には、上述の「みやじ豚」をはじめ、地元の野菜や果物の試食会を行った。(もちろん参加者各位の自費ですヨ!)

集まった食材は、みやじ豚のホームページ
( http://www.miyajibuta.com/tasty/ )
にも書かれているように、子豚と鼻をすり寄せられる位、愛情が注がれて育った食材達(野菜も果物も)だ。 

この様な素晴らしい食材達は、「塩」「胡椒」「炭火」などの、シンプルな調味料で食べてみても充分に、その“美味しさ・真価”がわかる。

     
   
  美味しく焼けた、みやじ豚  

一度、農業の達人たちが育てた、これら藤沢の「地の食材」に触れ、味わってみてはいかがだろうか。

そうしていく事によって、多くの市民が「環境に優しく安全、さらに安価で美味しい食材」を手にする事が出来、きっと「農と食」の未来へ繋げていける事だろう。

 
市民記者 No.303 いっぱん@庶民
 
■コラム:きらきらのあの日
「蔵元と先輩に完敗した日」
2008年10月17日
もう20年以上も前の事になる。私は酒屋に勤める悪い先輩に呼ばれ、家に行った。彼は銘柄の違う日本酒を持ってきて、まずある酒を私に勧めた。今まで日本酒にあまり良い印象を持っていなかった私は、酒の注がれた「ぐい呑み」におそるおそる口を近づけた。すっと鼻に入った香りは、どこか果物のようで、今まで嗅いだ事のない良い香りだった。口をつけてみると、子供の頃、旨い飯に水をかけて食べた時の様に、甘く、しかもすっきりとした雑味のない味がした。

彼は、私の様子を見てニンマリ笑い、そして誇らしげに言った。「どうだ。凄い酒だろう。」酒の肴は「自家製イカの塩辛」と「蟹ミソ」だった。塩辛を含み、箸についたワタ、ミソを舐めてから、酒を口に含んだ。肴の味や風味を壊さない香りがした後、肴の旨味が口の中にふくらんだ。そして最後にはあの嫌な生臭さや雑味がしなかった。自分にとっては、はじめて味わう日本酒の世界だった。塩辛の生臭さや、蟹ミソの苦味やエビ・カニ特有のあの匂いを中和し、旨味だけをふくらませ、そして残すのだ。

次に注がれた酒も凄かった。先に飲んだ酒よりさらに芳醇だが、後味はもっと潔く消える感じがした。最後の酒は、若干黄色味を帯びていた。口あたりは粘度高めでどっしり感。質高く鮮度の良い米糠が多く使われている様な風味。酸味は強め。3種全て米、米糠、水だけで作られている酒だった。こうして、私は彼の術中にはまり、日本酒も飲むようになった。きっとあの日の私は、今まで経験した事のない日本酒の世界に感動している目だったと思う。素晴らしい酒づくりをしている蔵元と、悪い先輩に完敗した乾杯の日だった。
 
 

いっぱん@庶民


宮城県は奥羽山脈の川筋生まれ、転勤族の親と一緒に各地を転々、宮城・横浜を経て藤沢へ。かつて辻堂・鵠沼界隈に出没した、元ダメサーファー。トマトの葉の香りを好み、エアコンの風を嫌う。子育てとベランダ菜園を愛する、自然派お父さんは、庶民の視点で何かを伝えたいと意欲満々。



 
藤沢市市民記者一周年記念誌「ふじ記第1号」
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「市民記者養成講座」は慶應義塾大学金子郁容研究室(文部科学省/現代GPプロジェクト)と藤沢市の共同で開催され、ISIS編集学校(編集工学研究所)のカリキュラムの一部が利用されています。また、この市民記者のページは編集工学研究所のサポートで運用されています。