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☆お知らせ☆
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電縁都市ふじさわ市民記者養成講座を修了したみなさんです。
 
市民記者 No.203 流想花
 
■コラム:藤沢文学碑散策
「遊行寺で川田順作、一遍上人像賛仰詩に出会う」
 

 蒸し暑い土曜日の午後、島津勝昭先生のご案内で、藤沢の詩人・歌人の文学碑巡りに参加しました。邸宅内の文学碑・庚申堂・遊行寺(藤沢山無量光院清浄光寺)・常光寺を、歌人・詩人の作品の説明を受けながら散策しました。

     
   
  川田順詩碑(一遍上人像賛仰詩)  

 私は、この川田順の一遍上人像賛仰詩に惹かれました。


 糞掃衣すその短く臑もあらはに
 わらんちも穿かぬ素足は国々の道の長手の
 土をふみ石をふみ来てにしみたる血さえ見ゆかに
 いたましく頬こけおちておとかひもしゃくれ尖るを
 眉は長く目見の静けくたひなき敬虔をもて
 合わせたる掌のさきよりは光さえ放つと見ゆれ
 伊豫の國伊佐庭の山のみ湯に来て為すこともなく
 日を重ね吾は遊をこの郷に生まれなからも
 このみ湯に浸るひまなく西へ行き東へ往きて
 念仏して勧化したまふみすかたを
 ここに残せる一遍上人


 この詩に感銘を受け、一遍上人に付いて調べてみました。

     
   
  一遍上人像  

 一遍は房号、遊行上人、捨聖(すてひじり)鎌倉時代中期の僧。
延応元年2月15日(1239年3月21日) - 正応2年8月23日(1289年9月9日)過酷な遊行による栄養失調が死因と考えられる。
 
 各地を転々としながら修行に励み、六字名号を記した念仏札を配り始め、ある僧から己の不信心を理由に念仏札の受け取りを拒否され、大いに悩むが、熊野権現から衆生済度のため「信不信をえらばず、浄不浄をきらはず、その札をくばるべし」との夢告を受け実行した。

 一遍上人は、時衆を率いて遊行(ゆぎょう)を続け、民衆を賦算(ふさん)と踊り念仏とで極楽浄土へと導いた。観念的な思惟よりも、ひたすら六字の念仏を称える実践に価値を置き、寺院に依存しない一所不住の諸国遊行や、その高潔さに惹かれる現代人は多い。和歌や和讃によるわかりやすい教化や信不信・浄不浄を問わない念仏勧進は、仏教を庶民のものとする大いなる契機となったそうです。

 現在、世界各地で起きている、宗教戦争の残酷さ・非道と思える現状を想い〔宗教とは何だろう?原点は?〕と深く考えさせられました。


有名な和歌

 旅ころも 木の根 かやの根いづくにか
 身の捨られぬ 処あるべき
 身を観ずれば水の泡 消ぬる後は人もなし
 命を思へば月の影 出で入る息にぞ留まらぬ
 生ずるは独り、死するも独り、共に住するといえど独り
 さすれば、共にはつるなき故なり

     
     
     
 
市民記者 No.104 流想花
 
■コラム:江の島の自然
「コラムで江の島探索ツアー」
 

 皆様、今回はコラムによる江の島探索ツアーに、ご参加頂きましてありがとうございます。
 今日は長年植物関係の研究に携わっていらっしゃる高山義則先生のご指導を頂き藤沢市民になじみが深いが,意外に知られていない江の島の探索を致しましょう。

     
   
  弁天橋から江ノ島を望む   

 では、東京オリンピック時に作られた弁天橋を渡り、緑豊かな江の島に向かいましょう。皆様も口ずさんだ事がある、♪真白き〜富士の峯〜、緑の〜江の島〜♪の意味は、"富士山を真っ白に覆う雪が降る真冬でも、江の島は自生する照葉樹林のお陰で常緑である"と言う意味だそうです。歩道の周りの植栽や野草も海岸性の植物が多いので、観察をしながら歩いて下さいね。

     
   
  八丈ススキ/葉の幅が広い  
     
   
  ライセタ草/外観は羅紗の様、触感は意外にゴワゴワ  

 それでは岩場に出て海の生物を観察してみましょう。足元を良く見て下さい、岩に黒く見えるのは、青海苔等の海草です。江の島の海は夏と冬が逆で、海草の色は現在は黒ですが、陸上が真冬の時、海は夏なので海草は緑に変化します。その他、ま牡蠣・け牡蠣・磯ギンチャク・蟹・その他多くの海洋生物を観察する事ができます。

     
   
   フジツボ  
     
   
   イボニシ貝  
     
   
  真牡蠣  

 中でもイボニシと言う貝は、平安時代に衣類の染料として使われ、10分位で爪を紫に染め上げてしまいました。その舌を刺すような刺激のある味と磯臭い臭いは強烈で、一度体験すると忘れられない鮮明な記憶になると思います。

     
   
   イボニシ貝で染まった爪  

 皆さんの頭の上を優雅に飛んでいるのはトビです、尻尾の形が三味線のバチに見えるのがトビで他の鳥と見分けるポイントです。トビは上昇気流を上手に利用して省エネ飛行をしているそうです、原油高の現在とても羨ましいですね。

     
   
   大空を優雅に舞うトビ  
     
   
  頂上への階段   

 それではこれから照葉樹林の中、少し急な坂道と階段を使って頂上に登って行きましょう。江の島は頂上へ様々な道を辿る事が出来ます、マイロードを見つける事をお勧めします。

     
   
  江ノ島の照葉樹   
     
   
   紙ヤツデの木  

 この照葉樹林には、シイ・モチノキ・マキ等がありますが、写真の紙ヤツデは名前が表す通り、成長が早く紙の原料になり、その葉柄はストロー状になっているそうです。

●ここでクイズです! 
 江の島に地球が丸く見える場所があります。(注意:灯台からではありません)
この場所へは無料で行けます、入り口の小さな階段の脇に 《 地球が○く見える場所 》 と書いた小さな木の看板があります。その場所に立つと、目前には海が広がり、本当に地球が丸く見えますよ♪。

     
   
   江ノ島の灯台  

 みなさまの前方にそびえ立つのが、平成15年に新しく造られた江の島展望灯台で、高さは59.6mあるそうです。今回のご案内はここまでとさせて頂きます、ここからは展望灯台や植物園など自由に散策を楽しんで下さい、帰りの道も参道やショートカット等、ご自分でマイロードを見つけて見て下さい。
 尚、帰りのコースでお勧めは岩屋から船に乗って弁天橋の袂へ行くコースです。短い乗船時間ですが、江の島・海・魚・鳥達とのコラボレーションを楽しめます。
 本当に短いコラムでの江の島探索の旅でしたが、何か記憶に残る事がありましたか?是非、次回はご自身の足で江の島探索をお楽しみ下さい。

     
   
     
     
     
     
 
市民記者 No.104 流想花
 
■コラム:藤沢の自然と歴史
「藤沢の自然と地形」
 

 今日は小林政夫さんの”自然に学ぶ、歴史を展く”のセミナーを拝見し、ごく一部ですが、私が興味を持った箇所をご紹介させて頂きます。小林さんの専門は地質学だそうですが、ご自身の足で歩いて(地面をはいつくばって)研究をされている事がお話から解り、感銘を受けました。

 特に海や川が作り出す地形の解説、藤沢も6000年前は山裾まで海だった、藤沢駅周辺も昔は砂州だったそうです。藤沢から北に行くには必ず坂を上がらないといけない事や、8里橋なし街道(八王子までは橋が無い)台地である等は、日々生活道路として利用している私達は、実感を伴い理解し易い内容でした。

 昔の河川は護岸工事が行われていなかった為、雨が大量に降ると丘陵や台地の間を自由に流れ平地や沖積地を作り出した話は、引地川近くに住居を構える我が家にとっては重大な問題です。以前、我が家の地盤調査をした時、元は引地川の川原で、地下4mまで基礎を打ち込む必要があると判明したので、地震影響図の液状化予測地域の話は、現実問題として切実に受け止めました。

 
市民記者 No.104 流想花
 
■コラム:きらきらのあの日
「リベンジ富士登山!」
 

 我が家は20数年前、家族全員で富士登山に挑戦しましたが、八合目まで登ったところ悪天候に見舞われ危険と判断、途中下山と言う残念な思い出があります。20年以上経った今も”何時かリベンジを!”の思いが家族の中にありました。先日、友人の富士登山が話題に上り、娘が私達もリベンジをしたいと言い出し、早速、富士登山バスツアーに申し込みました。

 始発電車で横浜駅集合、バスで5合目へ、昼過ぎに登山ガイドの指示で、高山病を避けるため、ゆつくり・一歩々・深呼吸と水分補給をしながら登山開始、3時間後に7合目に着きここで小休止、私達はこれからまだ3時間以上かかる本8合目の山小屋まで登らなければいけません。厳しい登山にへとへとになりながら挑み何とか本8合目の山小屋にたどり着き夕飯を頂き、1畳に2人と言う狭いスペースで眠れない夜を過ごしました。

 翌早朝2時に集合、頂上への登山が始まりましたが、平日だと言うのにヘッドライトを装備した登山者でぎっしりの細い岩の登山道を、前の人が一歩出したその足跡に自分の足を乗せて登山すると言う、ラッシュアワー登山で何とか日の出前に山頂に辿り着きました。頂上は凄い人数の人で埋まっていました、私達も人波の後ろから日の出を待ちました。はてしなく続く雲海の上方が少しずつオレンジ色に染まり、いよいよ日の出の時間です!富士浅間神社の神官が君が代が流れる中、国旗掲揚と共にみごとなご来光を拝む事が出来ました。

 我が家にとっては20年前、無念にも途中下山した富士登山のリベンジを果たし、日本最高峰を極めた達成感に満ちた、清々しいきらきらと光る大切な一日になりました。
 8月4日のご来光の写真です、お楽しみ下さい。

     
   
     
   
     
     
     
     
 
 

流想花


コラムタイトルの「あだーじょ」は「穏やかに、ゆったりと」の意adagioか、はたまた「艶女」なのか・・・企業の男社会と戦ってきたワーキングウーマンが、藤沢での生活に目覚めたとき、コラム「流想花」が生まれた。自称「トロピカル風味のソーメン」「変幻自在のゼリー」・・・ご期待下さい。



 
藤沢市市民記者一周年記念誌「ふじ記第1号」
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「市民記者養成講座」は慶應義塾大学金子郁容研究室(文部科学省/現代GPプロジェクト)と藤沢市の共同で開催され、ISIS編集学校(編集工学研究所)のカリキュラムの一部が利用されています。また、この市民記者のページは編集工学研究所のサポートで運用されています。