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☆お知らせ☆
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電縁都市ふじさわ市民記者養成講座を修了したみなさんです。
 
市民記者 No.103 大野 滋
 
■コラム3:漁業から見た藤沢
「弁天様の粋と慈悲」
2006年4月13日

弁天様:弁財天・・この仏はサンスクリット語で
「サラスバテイー」といい、聖なる川という意味で
「水の神」である。
日本では、近江の竹生島、安芸の宮島、大和の天川
宮城の金華山そして我が江の島の弁天様が日本五大弁天
として全国的に知られている。

この天女は、皆、水辺にいる。

小林・葉山両氏のお話を伺い、弁天様の粋と智慧(弁天様に
失礼?)を感じた。

昔、江の島詣でには女性を伴うと「弁天様がやきもちを
やく」から男性のみでお参りした・・・・それで藤沢の
宿場が繁盛した・・・・・・・

昔、弁天様のお使いで、夜,蛸が干し芋を取りに来た。
大事なお使いなので「蛸を獲ると罰があたる」・・・・
それで、蛸の産卵を保護した・・・・・・

どちらをとっても、人間が自分たちの都合のよいように
弁天様を勝手に利用させてもらったわけだ。

慈悲深い弁天様だから、笑って許してくれたのだろう。

 
市民記者 No.103 大野 滋
 
■コラム2:藤沢の自然と歴史
「近所のバス停」
2006年4月12日

私の住まいは藤沢の丘陵の一部の亀井野にある。
藤沢からは「湘南台東口」行きのバスをよく利用する。
以前は余り気にしていなかった停留所名も今回小林先生の
話を聞いた帰りに乗ったバスの車中で、ふと思った・・・

一番目のバス停は「遊行通り四丁目」次が「藤沢橋」
三番目が「遊行寺前」・・・「公民館前」「本町交番前」
「市民病院」「白幡神社」と続く・・・・
七つのバス停に藤沢を代表する遊行寺と白幡神社縁の名前が
三つもある。  他の四つは近代の構造物の名前である。

その後は「聖園学園前」「藤沢湘陵高校前」「県立体育センター前」
と近代的名前が並ぶ・・・・・・・

これからが「亀井野団地入り口」「新田」「俣野原」「下屋敷」「六会」
「亀井野」「雲昌寺前」「今田」・・・・どうですか!・・・・
「亀井野団地入口」から「入口」を省けば、立派に近代的名称から
程遠い・・・・野・田・原・屋敷・寺・野・田のオンパレード・・・

終点の「湘南台東口」で又、現代に戻りますが・・・・・

現代人は、野生動物の住処を侵しているが、古い地名の分野にも侵入
しているのでは・・・・・・

バス通りは、「県立体育センター」を過ぎたところで右折し、旧道に
入り、「今田」から左折し旧道と分かれる。

この旧道が八王子街道の一部として現存し、{八里橋無し}の部分を
構成しているのだと思うと・・・・・何か親しみを感じてくる。

小林先生のお話を聞いて良かったと思う。

 

 
市民記者 No.103 大野 滋
 
■コラム1:きらきらのあの日
「春から冬へ」
2006年3月27日

 3月10日、水戸偕楽園への観梅ツアー
紅梅は見頃で華やかに咲いていたが、白梅は
3部咲き・・今年は寒さが厳しく白鳥が南下しているとの
ニュース・・千波湖に白鳥を求めたが、残念ながら見当たらず。  
偕楽園を後に蔵王へ

 途中、小名浜で昼食・・最近は貴重種となった鰯のにぎりに舌ずつみ・・
塩屋岬で小説・映画「喜びも悲しみも・・・」のモデルとなった灯台を眺めていると、崖下の波打際にアザラシを望見・・・・
一路蔵王へ

 ゴンドラに乗り、蔵王の頂上へ・・・
奇妙な格好の樹氷もあり、まさにマンモス樹氷2メートル余あるという地蔵さんが首まで雪に埋もれている。  
蔵王は未だ冬である。
白濁の温泉で体を温め、山菜を肴に地酒に酔い
春の訪れと冬の名残を楽しむ旅は終わった。

 
 

大野 滋


昭和7年7月16日生まれ。16=1+6=7で777のスリーセブンとは本人の弁。各種業種を渡った43年のサラリーマン時代、鎌倉・東京・札幌・藤沢・香港・大阪と住まいも転々、終の棲家を藤沢と定めた。趣味のほうも陶芸・オカリナ・押し花・和紙工芸などを渡り、園芸と折紙に落ち着いた。

 
藤沢市市民記者一周年記念誌「ふじ記第1号」
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「市民記者養成講座」は慶應義塾大学金子郁容研究室(文部科学省/現代GPプロジェクト)と藤沢市の共同で開催され、ISIS編集学校(編集工学研究所)のカリキュラムの一部が利用されています。また、この市民記者のページは編集工学研究所のサポートで運用されています。