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電縁都市ふじさわ市民記者養成講座を修了したみなさんです。
 
市民記者 No.204 自由人(オキモト)
 
■コラム:藤沢の自然と歴史
「藤沢の文学碑散策を終えて」
 

 3時間コースで、藤沢の文学碑散策をするチャンスを得て参加しました。藤沢に住んで35年で初めての貴重な体験でした。しかし、殆ど知識の無い・教養の無い状態であることを改めて自覚させられる日でした。その感想を一言。

 藤沢にまつわる歌人・詩人がおられるのであろうと想像はしていたが、沢山の著名人の方がおられること・文学碑が数多くあることを知りました・・・残念ながら私の知らない方が大半でしたが。
でも、小泉八雲の名前ぐらいはさすがに知っていたが、藤沢駅から5分ほどの所にあり、日頃通っていた遊行通り4丁目の庚申堂を彼が尋ねていたとは全く知らなかったし、この庚申堂がそんなに有名な存在であったとは、ちょっと驚きである。
この更新塚は60年に一回しか開帳をしないとのこと。何故、60年毎の開帳? もっと頻度多く開帳して皆に見せないのか?地元の人々だけに守られ、ほんの一部の人だけにしか知られていない存在。
ガイドをして下さった島津先生の資料の中にあった小泉八雲の 「古い神々は、灰がらの撒きちらされる路のはたで、いまや死に瀕しつつある」 という言葉が、私には妙にひっかった。

     
   
 


 
   
 


 

 次に、時宗の総本山「藤沢山無量光院清浄光寺」・・・一般的には「遊行寺」として知られている・・・にも沢山の文学碑があった。鈴木貫介歌碑・吉川楓象句碑・連馬句碑・通暁句碑・青木泰夫句碑・高橋俊人歌碑・川畑順詩碑・河野静雲句碑(静雲は高浜虚子の門下の重鎮)などがあった。

     
   
 


 
   
 


 
   
 


 

さすが、有名なお寺には、こんなに沢山の碑があるものなのかと感心させられた。
ここで、静雲の碑にあった句を披露しておこう。
*** ”生きて居て相遇ふ僧や一遍忌” 静雲 ***

 最後に、定光寺を紹介しておこう。ここには、野口米次郎(19歳でアメリカに渡り、13年間、米英にて遊学。帰国後、英詩人・文芸評論家・慶応大学教授)の墓と碑が設置されていた。やっと知っている人物の碑に出会うことができ、ホットした印象で散策を終えることができました。

     
   
 


 

他にも市内のあちこちに碑などがあるのでは・・・興味を持たれた方は、一度散策を楽しんでみては如何でしょうか? 庚申塚などを尋ねてみるのも面白いかな。

 
市民記者 No.104 自由人(オキモト)
 
■コラム:江の島の自然
「江ノ島散策・再発見!」
 

36年前、関西から移動して藤沢の本鵠沼に住み始め、早速江ノ島を訪れた・・・中学校の修学旅行で来た時には、まだ木の橋だったのを思い出しながら。

本鵠沼から引っ越すまでの3年間、遠方からの来客がある度に、江ノ島までサザエを買いに行ったものだ・・・当時は橋の辺りにサザエを売る出店が何軒も見受けられた。
島内にある江ノ島神社での息子のお宮参りや、幼稚園・小学校低学年の頃には、岩場でカニを採って遊ばせるために何度も岩場を訪れた。その後も時々は江ノ島を訪れたが、まさにぶらりぶらりの訪問だった。

それが今回は、高山先生のガイドのお陰で、島内の色々な生物・地形・植物などの説明を受け、“江ノ島再発見“の散策を楽しむことができ、感謝・感謝で有意義な半日。特に印象が残った再発見は、

・江ノ島の岩場でのカキ(今まで何度も見てはいたが、あれがカキだったとは。一度、ぜひ味わってみたい) 

     
   
     
   
     

・岩場(元禄の大地震隆起・関東大震災によって1mも隆起していたとは驚きだ。そういえば、伊豆半島が関東大震災によって50cm? ほど本土にめり込んだと聞いたことがある)

     
   
     

・地層の歴史(箱根の噴火によって堆積した地層など)

江ノ島の歴史・自然の脅威を感じさせられ、あらためて江ノ島に対する興味・親しみを覚えるキッカケとなりました。

皆さんも江ノ島を訪れる際には、何か発見・再発見を楽しんでみては!

それと、これからは食欲の秋、“しらす丼“・サザエのつぼ焼きなどで腹ごしらえをして、ゆっくりと江ノ島散策を。
デートスポットとしてもお勧めですョ。

     
   
     

何年か前、テレビでとても危険な海で若い男性が婚約者に美しい紫の布を
贈るため命がけで貝を採っているのを見ました。アクキ貝科の巻貝のパープル腺から取れる少量の物を沢山集めなければなりません。紫外線に反応して紫色になり変色しにくく、帝王紫とも呼ばれ、シーザーは衣、クレオパトラは船の帆を染めていたといわれ日本では吉野ケ里の中にも僅かに布片が残っていたようです。先生の爪は、今頃どうなっているのでしょうか。

講座の時からお話をする機会の少なかった、コーチ、世話人、IT推進課の方、黒子でお目にかかることなくお世話になっていた方、同期の方、2期生の方参加されたお子さんたちと高山先生にお話をお聞きしお喋りをしながら歩いた江ノ島で、長い間思いを寄せていた貝紫にめぐりあえた夏の終わりでした。

 
市民記者 No.104 自由人(オキモト)
 
■コラム:藤沢の自然と歴史
「大いなる自然-藤沢の大地の変化」
 

この辺は、前は海だったという話は世界中のあちらこちらで紹介
されている。

●地殻の変動によって、
 ・海底であった所が隆起して陸地や山になっている。
 ・昔はつながっていた陸地が割れて、今の大陸になっている。
 ・そして最近では、アトランシスは海の底。
 など、地球の歴史の中で、こんな壮大なドラマが・・・地球はまさに
 生き物である。

私は、こうした自然の変化に興味を持っていたが、35年住んで
いる藤沢についての知識は白紙状態でしたが、最近手に入れた
本によると、
・海から6km内陸部で貝塚が発見されている。
・砂丘・砂がかなり内陸部まで広がっている。
 (本鵠沼に住んでいたことがあるが、庭は砂地だった)
  などで知ることができました・・・これで、自分の住んでいる藤沢
  への愛着が増えたような気がしています。
 
こんなきっかけとなった一冊の本を紹介します。 


★「ふじさわの大地」 藤沢市教育文化センター発行
  その内容の一部を紹介しますと、

  *地層(P10〜46):
   江ノ島・森林公園/川名・片瀬山・村岡/宮前・大鋸・俣野・
   大庭などの地層についての説明・写真
  *藤沢の地形の変化(P54〜61):
  ・2万年前(氷河期)
  ・6千年前(縄文時代前期)
  ・5千〜3千年前(縄文時代 中期〜後期)
  ・3千〜2千年前(縄文時代後期〜弥生時代前期)
  ・2千〜1.6千年前(弥生時代中・後期〜古墳時代前期)
  ・1.6千〜1.3千年前(古墳時代中期〜後期)
  ・1.2千〜650年前(奈良・平安〜鎌倉時代)
    ・・・ほぼ現在と同じ地形
  ・300〜50年前(江戸時代中期〜明治時代)
   の地形の変化を知ることができる。
  *その他、藤沢の遺跡・化石などの紹介

 
市民記者 No.104 自由人(オキモト)
 
■コラム:きらきらのあの日
「巣立ち」
 

 6年前、娘がとうとう言い出した話。彼を連れてくるから会って欲しい。
 今までも何度も顔を見ている相手。
 そしてその週末に彼が訪問してきた。取られてしまう様な気持ちと、祝福する気持ちとで複雑な心境であったのを思い出す。喜ぶべきか?悲しむべきか?

 5ヶ月後の結婚式までの間、娘は会場探しなどの準備を彼から任されて頑張っていた。結婚式の形式も二人の希望の方法で、親戚・友人への案内・招待も本人達の名前で。そして式の前夜、娘との会話・・・式の時、お互いが涙を見せないと・・・。

 式の当日、娘のあいさつを受け、そして送り出した。
会場では、多くの友人達のメッセージや楽器を使った趣向など和やかな雰囲気の演出。最後のクライマックス・シーンは、娘からのメッセージ(うっすらと涙を見せていた)。ああ、これで彼女の家は、我が家ではなくなったのだと実感させられていたのを思い出す。式も無事に終わり、約束をしていた二次会に顔を出してみた。多くの友人達に囲まれている姿を見て安心して引き上げた。

 時は流れ、今では3才子供の親となり、高校時代から頑張っていたデザイン分野とも無縁に近い子煩悩振りを発揮している。
それでいいのだ、幸せになってくれと願う。

     
     
     
     
     
     

 

 

 
 

自由人@オキモト
(沖本亘司)


本人曰く「むかしサラリーマン、いま自由人」・・・その自由人は、地域社会の活性化と地域社会への貢献を合言葉に、藤沢・湘南台エリアを中心に八面六臂の大活躍中。世代をこえた仲間たちと日夜語らい、刺激しあいながら、人のつながりはどんどん広がる。そんな自由人のつぶやきとは!?



 
藤沢市市民記者一周年記念誌「ふじ記第1号」
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「市民記者養成講座」は慶應義塾大学金子郁容研究室(文部科学省/現代GPプロジェクト)と藤沢市の共同で開催され、ISIS編集学校(編集工学研究所)のカリキュラムの一部が利用されています。また、この市民記者のページは編集工学研究所のサポートで運用されています。