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電縁都市ふじさわ市民記者養成講座を修了したみなさんです。
 
市民記者 No.104 影法師
 
■コラム:道連れ
「初詣」
2011年1月1日

好天に恵まれ2011年が始まりました。藤沢に住み始めて28年目の新年を迎えました。初詣は遊行寺にお詣りをしています。今年はいつもと違う光景に会いました。待たないとお詣りが出来ないほど混んでいたことです。

     
   
  遊行寺の新年  
     
   
  並ぶ人  
     
   
  お札を配るお上人(グレーの衣の方)  

私は、よく世界平和を祈願していました。今年は、世界平和を祈願しなくてもよくなることを祈願しました。迷彩柄が世界共通の軍服には飽きました。

 
市民記者 No.104 影法師
 
■コラム:道連れ
「花会式 (修二会薬師悔過法要)」
2010年8月25日

二月にNHKで再放送された「あの人に会いたい」で高田好胤さんの法話を聞いて今年は薬師寺の花会式にお参りしようということになった。

     
   
     

花会式は約九百年まえ、時の堀河天皇が、皇后のご病気平癒を薬師如来に祈願されたところ本復され皇后は感謝の心を十種の造花にこめて、年ごとの薬師寺修二会に供えられそれが今日まで伝わっている。

     
   
  本堂に供えられた造花  

毎年3月30日から4月5日までの奉納行事である。私たちは、茶道と香道を習っている仲間なので献香式(4月1日)と献茶式(4月2日)にお参りした。小雨の降る寒い中ではあったが心が洗われた気がした。仏様の喜ぶ物として灯り、花、香と聞いている。
昔は、人が亡くなると仏様になると信じお香を持参して焼香し仏様に届けていたのが、何時の頃からか香典として御金を包むようになったと聞いている。最近は、煙の出ないとか、匂いのしない線香が出始め、形式だけが
残っている。

今年から十年かけて東塔は修復工事に入る。その間は被いにおおわれてその姿を拝むことができない。

     
   
  雅楽奉納 背景は東塔  

修復には33億円かかるが国からは7割しかでないので10億円足りないということで、御写経による寄付を募っていた。国宝 東塔大修理特別写経(全十組二十巻)は『舎利礼文』を一組につき二巻書写し一巻は東塔内に奉安もう一巻はお釈迦様の聖地に納められる。
私たちは、花会式に参加できた、感謝を御写経で納めさせていただくことにした。私は、毎年一組づつ納めたいと願っている。大勢の善意で東塔が修復され後の世にこの姿を残せたらと思う。そして十年後元気に東塔を拝みたい。

何年か前、藤沢公民館で高田好胤さんのお嬢さん高田都耶子さんの講演がありました。当時の館長さんがラジオ放送を聞いていて是非お願いしたいということでしたが、予算が少ないのでダメモトで連絡をしたら快く引き受けて下さったと聞きました。
それは、お父様が薬師寺修復を大勢の善意によってということで百万巻写経をお願いして全国を巡ったお話でした。雨漏りしていた本堂で仏様が泣いているというお話を私は修学旅行の時、聞きました。この会にはお話を聴いたことのある方が沢山集まっていました。

日本には、沢山の世界遺産があります。それは全て、前世の方が遺してくれたものです。

 
市民記者 No.104 影法師
 
■コラム:道連れ
「きめ細かい愛」
2009年5月9日

今年の、ゴールデンウィークは、豚インフルエンザと
高速道路値下げによる渋滞のニュースばかり。
高速道路は、ETCをつけている車に限り、土、日、祭日の
高速料金が千円ということだが、私には目的が良く分からない。

渋滞でたどり着くのに長時間かかり、運転者も同行者も疲れはて、
事故も多発している。旅先の滞在時間も短くなる。
渋滞を予測して仮設トイレを用意して国も負担が大きいと思うが
国民も金銭的有利さを利用して出かけるのはそれと引き換えに
大きな負担のある旅行である。

私は、ウィークディを選んで出かけた。毎年同じ時期に出かける信州だが
道路はガラガラでこんな事は初めてだった。節約はしたかったが・・・

     
   
     
   
     

何故渋滞するか、皆が節約をして出かけなければならない状態である事を
理解して欲しい。そして土、日、祭日以外に出かけられる人も同じ料金で
行けたらもっと分散出来るのではないかと思う。

国民にきめ細かい愛を!

 
市民記者 No.104 影法師
 
■コラム:道連れ
「祈り」
2009年4月18日

京都へ旅した時、日経京都版を読んだ。

「あなたの愛の手を」という欄に
にっこりほほ笑む写真と『のぼる君 7ヶ月』

とあり養子縁組を探している欄であった。
京都の知人にそのことを聞くと毎週載る記事である事がわかった。
私の心では抱えきれない衝撃を受けた。

我が家で法要がある時お経の後に必ず説教を聞く。
ごくあたり前ではあるが日頃忘れている事が多い話に出会う。

ある時、「今、私たちが生きているのは数え切れない大勢の先祖の
お陰である。そのどこかが途切れていたら自分達はこの世に存在
しない。」というものであった。

あれから一ヶ月、良縁に結ばれたでしょうか。
健やかな成長を祈って・・・ 

 
市民記者 No.104 影法師
 
■コラム:道連れ
「人間」
2009年3月19日

唐招提寺の金堂平成大修理結縁写経会にいかせていただきました。行きに京都で西本願寺にお参りしました。門を入るとパンフレットと安穏という新聞を下さいました。

     
   
  唐門  

旅の途中その新聞が気になり目を通すと動物は皆、生き物を食べて生きている。お腹を満たした動物はもう生き物に見向きもしない。どんなに食べ物になる生き物がたくさんいても・・・
この地球上では今日も爆音が鳴っている。

人は、食べもしないのにどうして人を殺すのだろう。

このような事が載っていました。爆音がしなくても、そのような事は日々起きています。そんなニュースの無い日が来るのを願って写経に臨みました。

 
市民記者 No.104 影法師
 
■コラム:道連れ
「茶の湯の心」
2009年2月28日

茶の湯とはただ湯を沸かし茶を点てることなり

私は、千利休のこの一言を理解したく日々暮らしている。何年か前、この季節だったに違いない。知り合いから体調が悪いので来て欲しいと頼まれ伺うとテーブルに赤い布を敷き私が以前あげたお雛様の香合、雪洞の蓋置き、ポット等、お茶の用意がされ一緒にお茶を飲もうと思って、と待っていてくださった。この室礼に感激した。特別お茶のお稽古をしていない方なのに・・・

     
   
     

おりづるさんが「おもてなしの心」を体験して書かれ市民記者の間で茶の湯が注目されている。近年、茶道人口(特に若い方)が減り、日本の文化の継承が心配な時とても嬉しく思う。亭主がもてなしたと言っても客がもてなされたと思わなければそれまでである。その逆もある。客を選ぶことも重要である。

利休は利休百首を説かれ日常生活全ての心を伝えようとした。茶道を習っている方で「お茶では、」と区別している方が多いのは残念である。

敢えて習わらなくても心ある人、習わっても分からない人何時か分かるのではと自分を見捨てないでいる私。

一服のお茶で心和む。一服とはお茶が薬とされていた名残でしょうか?
体が元気になると心も・・・

縁あって私の元にあるお茶碗で多くの方と茶飲み友達になり、利休百首を伝えていけたら思う。

 
市民記者 No.104 影法師
 
■コラム:道連れ
「市場まつり湘南矯正展」
2008年11月21日

十一月九日藤沢市地方卸売市場で市場まつり湘南矯正展がありました。何年かぶりで出かけました。8時30分からでしたが、10時過ぎに行きました。大きな荷物を持った人達が帰ってくるので何となくわくわくしました。

このお祭りは一年に一回刑務所作業製品展示即売が行われるのです。無垢の手作り家具、靴、鞄、木工品、洗剤、乾麺、食器等等・・・
私は、以前大きな押し寿司の箱を買いました。高知刑務所の物でした。高知辺りではこんな大きな押し寿司を食べるのかと羨ましく想像しました。横浜刑務所の乾麺を沢山買ったり、靴を買ったこともあります。靴は柔らかい皮でとても履きやすく知り合いにその話をするとお祭りの時以外にも有る時がありその良さで人気があると聞きました。

今回は、一番に目に付いたのが萩焼の抹茶碗で山口のもの、手すき和紙の便箋と買い求めた。網走刑務所の湯飲み茶碗には網走刑務所とか網走番外地と書いて焼いていた。
知床に行った時、網走刑務所の慰霊碑にお参りしたのを思い出した。罪も無いのに極寒の地で奴隷のごとく道路工事の作業をして亡くなった方々の慰霊碑だと聞いた。ウズベキスタンのタシケントのナヴォイ劇場はシベリア抑留者が建設に従事して沢山の方達がやはり極寒と飢えで命を落としロシアからウズベキスタンになって日本人墓地が造られ葬られていたのも・・・

     
   
     


刑務所は過去も今も罪を犯した人、犯していない人が服役している。そして作業の収益が出所の時のお金になるが近年はアジアの安い物に押されて製品が売れにくくなっていると聞いている。私は、とにかくこの抹茶碗が気に入って求めた。本当に心込めて作られたのが手に伝わってくる。

     
   
     


最近の事件では犯人の写真にとても若い頃のが使われている事が多い。皆優しい顔で何が、どうしてこのような事件を起こしたのかと考えさせられる。

私に応援出来る事、それは、多くの人にこのお茶碗でお茶を点てて差し上げることでしょうか。

 
市民記者 No.104 影法師
 
■コラム:道連れ
「遊行寺の骨董市」
2008年11月04日

久しぶりに、遊行寺の骨董市に出かけた。
毎回、店も増え賑わってきている。
どちらかと言うと、出店者も客も品物も中古品に
近い集まりである。

     
   
     

自分の商品の傍に、小さなテーブルと椅子を三脚
程置き、テーブルの上にはいつもキャンディを用意
している出店者がいる。そして飴ちょうだいとやってくる
人達がいる。何か欲しい物があるでもなく、此処に来るのを
楽しみにしている。一人暮らしなのでここで誰かと
お喋り出来るのが嬉しいと言っている。

社会に高齢者が増え行政でもいろいろ考えていると思うが
自ずと出かけてみたくなる場を何の脈絡も無く提供している彼女を
私は、遊行寺のマドンナと呼んでいる。

 
市民記者 No.104 影法師
 
■コラム:道連れ
「精進」
2008年9月17日

今年の夏は、風邪で、ぐずぐずしてしまった。疲れが溜まっていたので自然治癒を信じて、体調に任せ寝たり、起きたりしていた。
十日程で元気になり気になっていた、精進料理を勉強する事にした。私は、お香を習っていて、先生からそのうちに真のお香をしましょう、と云われている。

真とは真行草の真で供香なのでお食事は精進が決まりである。先生はお寺にいらした方なので、教えていただきたいと言うと例えば精進揚げは人参の皮、大根の皮、おくら、とかねあるものでいいのよ、五色ね、と仰った。私の中にこれは電話でお聞きできるものではないと感じた。私の想像する精進料理とは、生臭物を使わない、お椀は朱くらいであった。

手元にある料理の本に永平寺のお食事が載っていた事を思い出し
読み始めた。食に対する思い、用意する者、食する者、食材、全てが修行であり健康に生きる源である。私は食材に関して、自分の日々の暮らしと比べ反省することばかり。限られた材料を無駄にしないで、如何に美味しく献立に変化をつけ作るか。

玄侑宗久さんが寺に入り食事作りをしていた時、毎日、茄子ばかりが山の様に届いた。朝起きると村民が置いてあるのだそうです。来る日も来る日も、献立を考え料理をしていて一月位経ったとき村民がわざとしていたことが分かったそうです。試されたのですね。この話を聞いた時は、大変だったなあと他人事でした。

道元禅師は精進料理の基本は、五法(生・焼・煮・蒸・揚)五色(白・黒・青・黄・赤)五味(甘・辛・酸・苦・甘・鹹)で淡味に真心で仕上げる、とといている。その教えには、食器も、その他の全てを大切に使う生活をするのである。

私は、物を捨てる事が苦手で捨てないから家の中が片付かない。いつもいつも悩んでいたが、活かして使う生活にしょう。精進料理の根底は生臭物を使わない事だけではないのに気付いた。今まで、悩みの種だった物が宝の山の様に見えてきた。食材はひと工夫するともう一品に変化する。古着も手を加えることで生き返る。

     
   
  羽織を作り変えたショール  
     
   
  羽織を作り変えたスカート  
     
   
  浴衣を作り変えたブラウス  

手近にあるものを如何に活かすか考えただけで楽しく、買い物に行っても
余分に見えるものが多くなった。

この世に生を受け死に至るまで、必要以上の消費をしないこと。それが、全てのものにやさしい生活だと思う。私は、自分の分を使いきってしまっているのでは・・・気付くのが遅かったがこれからの人生、精進していきたい。

 
市民記者 No.104 影法師
 
■コラム:道連れ
「納得」
2008年5月19日

昨日の12時過ぎ、OKストアに買い物に行った。
テレビで何回か、安い店として紹介されている。
精算をしょうとしたらレジがいつもより混んでいた。
端の方が流れているようなのでそちらへ行くと
そこは、12時〜13時までお弁当専用になっていた。
私は、この時間帯に行った事がないので始めて知った。
昼休み、少しでもゆっくりとという配慮なのか。
順番待ちをしながら嬉しかった。

 
市民記者 No.104 影法師
 
■コラム:道連れ
「信州 ふじさわ山荘へ」
2008年5月2日

サンデー毎日の我が家族ではあるが、四月になってふじさわ山荘の空室を調べたら、空きがあり二十八日、二十九日の二泊で、信州へ行った。
好天に恵まれ、春をさかのぼって山梨県、長野県と向かった。今までに何度もこの季節に行っているが、今年は、春の訪れが山梨側では早く、長野側では遅いように感じた。

     
   
  諏訪サービスエリアの駐車場  

友人の別荘があった穂高へ行き懐かしいところへ寄ることにした。アートヒルズ、ここはガラス製品を展示即売している。三,四年前頃はアートと呼べない輸入雑貨のようなものが多くそれ以前は工房で作られた一点ものがあった。今回は、期待せずに立ち寄ってみた。二年前にリニューアルされていて建物も作品も商品も良くなっていた。嬉しくなって小さな花瓶を買った。牙蓋を誂えて夏の茶入れに使いたい。

次は、蕎麦屋「あすみ」蕎麦もうどんも手打ちで美味しい店だった。久しぶりなので迷ったが建物の格好から此処だったと入ったら代替わりして「松木」という名になっていた。心配していた通り奥さんが亡くなっていた。とりあえず、昼食は面影の残っている此処にした。とても美味しく、私は欲張って松花堂弁当をたいらげた。

     
   
  松花堂弁当  

すぐ近くに重文の曽根原家があり訪ねてみた。三百円で見せて頂いたがこれという物も無く保存の寄付金になればと思った。

     
   
  曽根原家  

ここから山荘に向かう途中にはJAとか道の駅等地場産品を売っているところが有る。そば粉、天ぷら粉、おやき粉、お菓子を買い込み山荘へ辿り着いた。山荘の駐車場に並ぶ、湘南ナンバー、ほっとして錯覚を起こす。周囲の山々は雪が残っていた。いつもより雪解けが遅い。山荘の食事は、心がこもっていて美味しい。

     
   
  夕食  
     
   
  朝食  

二日目は、上田へうさぎやのくるみそばというお菓子を買いに、友人から美味しかったと聞き・・・焼菓子だった。懐古園に行った。紅枝垂桜が満開、近年は何度も訪れた所も記憶が曖昧で新鮮な思いが出来る。

     
   
  懐古園 紅枝垂桜  
     
   
  夕食  
     
   
  朝食  

三日目、山辺のファーマーズガーデンで野菜を買って松本から高速にのった。山菜の時季、日常に戻る切り替えをして・・・

食べ物の話、これはやはり味わうしかない。私がお薦めするスイカは、JA松本ハイランドのである。りんごも信州が一番のように思う。
また行こう。

あまり良いニュースがないこの頃、少し優しい気持ちになれた。
何よりのおみやげだ。

 
市民記者 No.104 影法師
 
■コラム:道連れ
「変化」
2008年4月25日

私が、藤沢に移り住み二十五年になる。
その頃は、洋裁、編み物を良くやっていた。
生地や毛糸は小田急、西武、さいか屋のデパート、
十字屋(オーパ)ケイト屋、モントリコ等に常設の
売り場があり見るだけでも楽しかった。
現在はケイト屋とモントリコだけになってしまった。
ケイト屋は六十年前、鎌倉で輸入毛糸を売っていたため
そのように名前を付けたらしいが今は生地屋である。
モントリコは毛糸が主で手芸材料を扱っている。
何れもダイヤモンドビルにあるのだが、ケイト屋が
藤沢店を閉めることになった。
このような事は藤沢に限ったことではないと思うが・・・
安い既製品が出回って手仕事をしなくなり輸入生地等は中国で
製品化され輸入されるので日本では生地で手に入れるのが難しく
私も足が遠のいていた。

脳の働きは親指の動きと関係があり子供の知恵が発育する時
指先を良く動かし、思いがけない細かい悪戯をし始めると
聞いたことがある。
手先の器用な日本人が衣、食を他国に甘え使わなくなって
いる事が認知症と関係あるのではないかと勝手に心配している。

 
市民記者 No.104 影法師
 
■コラム:道連れ
「団欒」
2008年4月4日

四月になりました。
新学期、そろそろ給食が始まりましたか?
先日、市民記者の会合があり、脱脂粉乳が
給食だった人と知らない人で年齢が分かれると
話題になりました。
私は、冷凍餃子等が給食に出されていることも
今回の事件で知りました。
中国人のお世話になって生活をしている方が大勢
いることも・・・

私は、日頃、藤沢駅の近くの名店ヒルの地下で食材を買って
います。最近、ここが大変込むようになりました。
お料理をする人が?する事が?増えてきたのでしょうか。
料理は好きなほうですが、時々嫌になります。
忙しい時はお助けカレーといって何度も食べることも
あります。こんなに長年やっていても出来、不出来に
悩まされたり、知人に教えてもらったりしています。
食事は、万人の共通話題になります。

私は食事をしながら一家団欒の家庭が増えたかなと想像して
喜んでいます。
家庭料理は、なかなか同じ味が出せないので飽きが来ない
と教えてくださった方に励まされ?感謝しながら続けていこうと
思っています。

 
市民記者 No.104 影法師
 
■コラム:道連れ
「初詣」
2008年01月02日

明けましておめでとうございます。
毎年、初詣は元日、近くの遊行寺にお参りしています。
今年は、好天に恵まれ参道より向かいました。
古い破魔矢を納めご本尊をお参りして、今年の破魔矢を
いただきました。破魔矢についている絵馬が今までは
干支でしたが、七福神になっていました。

     
   
 

参道

 
     
   
 

本堂

 
     
   
 

絵馬

 

弁天様をお参りするとご上人様がお参りに見えました。
ご上人様のお参りが済みここで厄除け札がいただけました。
毎年タイミング良くいただています。

     
   
 

ご上人様

 
     
   
 

厄除け札

 

今日のように穏やかな世界になりますように。

 
市民記者 No.104 影法師
 
■コラム:道連れ
「思い出の年末年始」
2007年12月31日

私が、生まれ育ったのは、札幌である。
年末には、お餅をついていた。
ご近所から臼を借りるのでつく日は隣近所で
打ち合わせをしていた。
私の家はつき手が集まるのでつき手のいない家の分も
ついてあげていた。
毎年一俵(60キロ)程のもち米を一臼二升五合
(3,5キロ位)づつ、つくのである。
私は、女なので前日もち米を洗う手伝いをする。
手が切れそうなと表現する冷たい水で・・・いろいろな器は
洗い米だらけ、翌朝氷がはっていることもある。
夕方から餅つきは始まる。鏡餅(神棚、仏壇、床の間、トイレ等
に供える)、餡子餅、のしもち、草もち、豆餅等次々使っていない
部屋が餅だらけになる。
餡子餅は奇数を重箱に入れてご近所にさしあげたりいただいたりした。
いただくと何故かマッチを入れて重箱をお返しする。
また、先にいただいたお宅にはいただいた数より多くお返しする。
二十日過ぎ頃から度々よそ様の餡子餅を味わうのである。

年が明けてお正月の遊びというのは、雪国なので凧揚げ、独楽回し、
羽根突き等は出来ない。トランプ、花札、百人一首が室内の遊びである。
北海道の百人一首は独特である。
読み札は一般適なものですが取り札は木で出来ていて筆字で下の句が
書いてある。遊び方は、読み札の下の句を読み続いて次の下の句を読み
それを取るのである。簡単ではあるが百人一首の意味が無く、大人に
なっても和歌と馴染めない。それでも木札を飛ばすのは迫力がある。

新年に、百人一首香というのする事になっていますが、
下の句の札を捲ってその上の句が分からないと香がたかれないというルール
なので少しは覚えたい。
ところで香席の取り札は、木札だった様でお公家さまと同じかなと思いを
寄せている。

  人はいさ心もしらずふるさとは花ぞむかしの香ににおひける
  花のいろはうつりにけりないたづらにわが身世にふるながめせしまに
  忍ぶれど色にでにけりわが恋は物やおもふと人のとふまで

 
市民記者 No.104 影法師
 
■コラム:道連れ
「遊行寺 開山忌 骨董市」
2007年10月11日

今年になって、遊行寺の骨董市に良く出かける。九月の二十三日にも行くと開山忌という旗が立っていた。去年、市民記者の講座で昔は、とても賑わっていたと聞いていたが普段と変わりなく感じた。あてにしている人が出していないか、ぶらぶら見ていると明日も有るというのを耳にした。

翌日は、彼岸の中日で墓参りに出かけた。帰りに今日は来ているかもしれないと寄り道をしてみた。すると、境内は今までに無い賑わいだった。市も大勢が出店していた。入り口に大きなトラックにお膳を沢山持って来ている人がいた。私の心はそこに吸い込まれてしまった。

そうしていると法要の時間になったらしく僧侶、稚児、纏などの行列が境内から本堂へと向かっていきました。去年の講座で、開山忌には懐かしい人に遭える日でもあり、皆楽しみにしていたというのを思い出した。

     
   
 


 
     
   
 


 
     
   
 


 
     
   
 


 
     
   
 


 

私の心はお膳にあり何故こんなに持っているのか訊ねると中越沖地震で蔵の壊た家が多いので…ということだった。ニュースでは分からない事、それもほんの少し実感した。

さて、これを買うことにした。私の定義は骨董品とは古くなるほど値が上がるもの、中古品とは値が下がるもの、ということでこれは、中古品になる。中古品を買った時の楽しみの一つに包んであるものというがある。古い新聞などは、ついつい読んでしまうことがある。

今回のは、どこかの会社の伝票のようである。筆で書かれ縦書きである。明治三十三年と記されているところから見て最後に使ったのは百年も前だったのかなと想像する。このお膳はどんな時、どんな料理を、どんな方々が…供養とは偲ぶことと思っている私に相応しい買い物であったと思う。

     
   
 


 
 
市民記者 No.104 影法師
 
■コラム:道連れ
「真夏の夜の夢 バリダンス」
2007年09月01日

暑い日ばかり続き、自分は動物の様に生きようと
のらりくらり過ごしていた。
そんな時、江ノ島がバリ島になるという噂を耳にした。
一度は行ってみたい神々の島バリ、前々日の夜、雷と雨、
気温が下がったみたい。なんとなく元気が出た。
十九日三時頃、海水浴客が帰るのと逆に灯台目指して歩いた。
コッキング苑は、ゆったりした雰囲気に包まれていた。

着いて間もなく二部が始まった。
ガムランの演奏、調和のいい合奏で時にはBGMのように心地よく
ダンスは派手な衣装を着けていながら清らか,きりっとした目と
指先の動きがこの舞りの真面目さを伝えていた。
巾広い年齢層で親しみも感じた。最初の歓迎の舞では散華があった。

     
   
 

散華を集める子

 
     
   
 

休憩中の写真撮影

 
     
   
 

三部の始まり

 

三部は日が陰り始めキャンドルとライトが灯り舞台と衣装の
金色が輝き、大変美しく夢のようでした。

     
   
 

最後の踊り

 

気が付くと爽やかな風が吹いていて暑さを忘れた夜でした。

 
 

影法師


藤沢市の講座で、先生の若き日恋の話を聞き、「茶の湯の心」に魅かれから13年。「茶の湯とはただ湯を沸かし茶を点てることなり」の利休の言葉を求めて続けているという。「自分の中に有って自分では絶対判らないデットアングルを求めて生きている」という、アグレッシブルな精神が魅力の女性。



 
藤沢市市民記者一周年記念誌「ふじ記第1号」
→ PDFデータを見る
 
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「市民記者養成講座」は慶應義塾大学金子郁容研究室(文部科学省/現代GPプロジェクト)と藤沢市の共同で開催され、ISIS編集学校(編集工学研究所)のカリキュラムの一部が利用されています。また、この市民記者のページは編集工学研究所のサポートで運用されています。