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電縁都市ふじさわ市民記者養成講座を修了したみなさんです。
 
市民記者 No.110 えのじょなおこ
 
■コラム:風だより
「藤沢の方言」
2007年1月22日

18歳で青森を出るまで、標準語を話す人はテレビでしか見たことがありませんでした。テレビで聞く言葉は何かウソ臭く、普段自分たちの話している言葉とはあまりにかけ離れていたので、まさか、日本中の人が津軽弁を話しているわけではないだろうけど、全国各地に方言はあり、ほとんどの人はそこそこの土地の方言で話しているのではないかと思っていたのでした。

藤沢にも方言はあるはず。藤沢に住み始めてから、よく聞く言葉のひとつに「かったるい」というのがあります。初めて聞いたわけではないし意味もわかるけれども「疲れた・めんどくさい」といった意味合いで頻繁に使われるのは、やはりこのあたりの土地独特のものではないでしょうか。体の調子が悪い人が多いのかと思いました。

しかし周りは地方出身の方が多く、二世代くらい前までさかのぼると、ほんとに地の人は少ないのでは、と感じます。その分、藤沢らしい方言を聞く機会が少ないのですが、ぼちぼち集めてみたいと思います。

おまけ
「手袋をはく」
東北の広い範囲や北海道では、手袋は「つける」ものでも「する」ものでもなく、靴下同様「はく」ものです。「つける」というと手の上にのっけているような感じがします。まして「する」なんて・・・。フン。

 
市民記者 No.110 えのじょなおこ
 
■コラム:風だより
「六会ねぶたまつり」
2006年8月21日

 ここしばらく、夏、青森に帰青していなかったので、久しぶりに六会のねぶた祭りを見に行きました。夜7時過ぎ、まだ昼間の暑さが残る中、六会日大前の駅を降りると懐かしいお囃子やラッセラーの掛け声が聞こえてきました。
駅前ロータリーをアンパンマンやキティちゃんなどのかわいらしい子供ねぶたと小ぶりながらしっかりしたつくりの「張飛」をテーマにしたねぶたを引いて回っています。数年前に見たときよりもたくさんの人出でにぎわい、出店も増えていました。ねぶたには亀井野神社の行灯もともり、ここの神様もねぶたを楽しんでいるかしら、と思いながら、お囃子にあわせてどうしても体が動いてしまい、跳ねたくて仕方なくなりました。
 ねぶたの前後で浴衣を着て花笠をかぶっている人を跳人(はねと)といいます。ねぶたの踊りには決まった振り付けはなく、ただぴょんぴょんと、しかしうんとかっこつけて跳ねまくるのです。
私の両親が子供の頃は(戦前のお話です)ねぶたは各町内で出し、男の人たちが女物の長襦袢に花笠という傾(かぶ)いた姿で、一晩中跳ねて町を流して歩いていました。他の町内のねぶたと鉢合うと、どちらも道を譲らずケンカとなり、互いに相手のねぶたを壊したり、明かりをとっていた蝋燭で焼けてしまったそうです。「んでもどうやってなおすんだが、たった1日で作り直して」次の
晩にはまた繰り出していました。ねぶたが終わると短い夏が終わりを告げ、秋風が吹き始めます。
10数年ほど前、地元の若い人たちが独特の黒装束でねぶたに集まり、喧嘩をし、観光客に怪我させたことが問題になりました。ねぶた祭りはすでに地元だけのものではなく、これといった産業もないこの地方ではとても大切な観光資源になっていました。毎年のように若い人たちの暴挙が報道されて、結局、ねぶたには正装(?)した跳人しか参加できないよう市が規制をはじめました。すでに青森を離れて根無し草となり、跳人としての体力もなくなっていた私はあんなに好きだった祭りそのものに興味が持てなくなっていました。

  六会のねぶたを見ているうちにどうにもたまらなくなり、跳人の中に入りこみ、“こうやって跳ねるのよ”と気持ちは昔のように跳ねたはずなのですが、全く足が上がりませんでした。沿道で見ていた子供たちが大きな声で「ラッセラーラッセラ」と叫んでいました。
ここのねぶたは私の知っているものではありませんが、祭りがその土地の人たちの心躍るものでありますように。

 
市民記者 No.110 えのじょなおこ
 
■コラム:風だより
「闇夜の蛍」
2006年6月19日

 今年は大清水の蛍祭りがなくて残念だなと思っていたら、職場の人に葉山へ蛍を見に行かないかと誘われました。ゲンジボタルとヘイケボタルが同時に見られるんだって。へー、赤白に光るのかなぁ〜・・・なんて、ンなわけはないけど。

 土曜日、昼のうちは日がさしたりしてよいお天気だったのに、だんだん雲が厚くなり出発のころにはぽつぽつ降り始めてしまいました。御用邸の裏側にある棚田近くの「若か菜」という蕎麦屋さんで真っ白なそば(蕎麦の実の芯だけを使っているそうです)を食べました。そこで暗くなるのを待っているうちに雨足が強くなり、一緒に行くはずだった人の何人かは「今日は飛ばないよ」と帰ってしまいました。どうしよう、やめとこうか、でもせっかく来たんだもん。行くだけ行ってみようよ、と案内人の武田さんに頼み込み、連れて行ってもらいました。

 上山口小学校の校庭に車を置き、そこから棚田や畑を登っていって、蛍の出るという小川で待っていたけど、どんどん激しくなる雨。やっぱり今日は無理かしら、とあきらめかけたとき、藪の木陰でぼーと光る数匹のゲンジボタルを見ることができました。思ったより強い光で3匹集まれば本が読めるくらいなのだそうです。気がつくと足元の畑のあぜにはチカチカ光るヘイケボタル。光の強さはゲンジの半分くらいで光る周期も短くてクリスマスツリーの電飾みたいみかわいらしい。

 昔は蛍なんてたくさんいたよ〜、という話しは聞きます。バングラデシュにも水が汚い割にはそこらじゅうにいました。減った理由のひとつが人間の使う強い電光が増えたことだと武田さんに教わりました。あたりまえの暗い夜の闇には明るい蛍の光が似合うのだな。

 
市民記者 No.110 えのじょなおこ
 
■コラム:風だより
「山再生」
2006年6月12日

 一昨年10月、台風の大雨で藤沢市内も大きな被害にあいました。夕方降った雨は本当にバケツをひっくり返したような、といったもので境川沿岸市民会館あたりも冠水し、片瀬、片瀬山のあちこちでがけ崩れもおきたのでした。

 我が家の向かいの家の裏側も新林の山になっていて、その一部が崩れてしまいました。幸いあたりの家々に被害はなかったのですが、山の木が倒れ、谷ができてしまい、また大雨でも降ろうものなら、そこからさらに土砂が流れてしまいそうでした。あちこちでがけ崩れがあったためかなかなか補修工事は行われず、無残にも青いシートをかぶせたまま1年以上たっていました。ようやく今年春早く、工事が入りました。

 崩れたあたり一帯の木が切られ、コンクリートになったら嫌だなあーと思っていたのだけれども、近頃はそんな無粋なことはしないのか、山肌に目の細かい網をかぶせ、塗料のようなものを吹き付けて終わりました。しばらくするとその吹き付けられた塗料には芝草の種が入っていたらしく、一斉に緑になりました。細い笹竹もツンツン生えてきています。

 山からはどんなに蒸し暑い夏でも夜になると涼しい風が吹いてきて(我が家にクーラーはない)、寝苦しいことはありませんでした。山にはカラスの夜の寝床があり、リスがすんでいて、春にはウグイスが鳴いています。緑の壁となった崖からは、この夏どんな風が吹いてくるでしょうか。

 
市民記者 No.110 えのじょなおこ
 
■コラム:風だより
「あーすフェスタかながわ」
2006年6月05日

6月3日土曜日に、本郷台にあるあーすぷらざでやっていた多文化共生のおまつり・・・この頃国際交流とか、国際理解とかいうよりこんな言い方がはやりなのかしら・・・あーすフェスタかながわに行ってきました。

入り口のテントでスタンプラリーの紙をもらい、まずは腹ごしらえのために屋台を物色。インドカレー、タイ風ラーメン、水餃子にも心惹かれましたが、まず最初はイランのケバブサンドウィッチにしました。トーストした薄いパンにたっぷり鶏肉のケバブが挟まって、うんおいしい!一緒に買ったマンゴージュースはちと甘すぎたけど。

階段上がって入り口前広場の出店には各国民芸品もたくさん出てました。近頃こういう品もわりと普通にお店で手に入りやすくなっているのけどバングラデシュの刺繍ノクシカタの小物入れがあっていいな、なんて思っているうちに、何と遊戯王なんかのカードがあたるくじ引きのお店が・・・。小6の息子はあっという間にそこに引き込まれ、動かなくなりそしておこずかい数百円が消えていったのでした。

建物の中では、いろんな国の踊り・料理教室などのワークショップや、子供の遊びの紹介をしていました。以前同じようなイベントで紹介されていたパパンチョンカというマレーシアの遊びの道具がありました。パパンチョンカは舟の形の木の板に10個のくぼみが彫ってあり、そこへ1個ずつ入れた貝殻を取り合う遊びです。ルールは単純で小さい子でもすぐに覚えられるのですが、先をよおく読まないとなかなか勝てないゲームでやりだすと結構はまります。

池の周辺にはまた飲食屋台が広がり、そこで小町通のインド料理店T−sideのシャオンさんの屋台を見つけ、ナンとタンドリーチキンを食べました。ナンは注文を聞いてからタンドオルで焼いてくれたので本当に焼き立てで美味しかった。神奈川県には15万人以上の外国籍の人が住んでいるそうです。子供の同級生のお母さんにも外国の方がいたりします。そういう人たちを支援する団体もたくさんありました。私も散々他の国でいろんな人のお世話になったのに、今あんまり何もしてないなー、いかんなー、と反省した1日でした。

 
市民記者 No.110 えのじょなおこ
 
■コラム1:きらきらのあの日
「とまらない涙と終わってしまった時間と」
2006年3月30日

20年近くも前になる。乾季の終わりの日差しがきつくなってきた頃、私はダッカの隊員宿舎からオートリキシャに乗り埃っぽい道を空港に向かっていった。空港には数人の隊員と、クルバンバイが任地ブラモンバリアから見送りに来てくれていた。
 私は赴任したときから2年半何から何までこのクルバンバイというおじいさんにのお世話になったのだが、この時も彼は「アパ(女性への尊称)、アパに神様のご加護がありますように」と最後まで気遣ってくれた。皆と握手をかわし、バングラデシュの国旗と日本の国旗を振って見送ってくれる中、私は一人空港の中へと入っていった。

青年海外協力隊は、開発途上国といわれる国の要請で、各専門分野の仕事をするため日本から派遣される制度で、私は野菜栽培の普及のためにバングラデシュという国に赴任した。中学の頃から協力隊に憧れていたのだが、実際来てみると、イスラムという慣れない宗教観、今すぐ私のためにこれをやれ、といえるほど強い自己主張、話すことも聞き取ることも難しい言葉の壁、どぶの中で一生を過ごすかのような救いのない貧困を目の当たりにし、初めの1年はすっかりまいってしまっていた。それでも言葉の慣れとともきちんとものを言い返せるようになると、どんどん人との付き合いが楽になって最後の1年は仕事も生活も楽しくてしかたなかった。

みんなとの別れは思ったより淡々としたものだった。帰国途中で寄る予定のラオスが楽しみだったし、久しぶりの日本にも期待感があった。何よりこの国にだってまたいつでも戻って来れる気がしていた。通関でワイロを要求されたが、もう財布にバングラの通貨はないよ、と軽くかわした。明日からはこんな面倒くさいことはもうないんだ。ロビーで一人搭乗時間を待っていた時、手持ち無沙汰で隊員の友人から渡された手紙を取り出して、何気なく読み出した。「あなたがいなくなったバングラデシュはつまらない・・・」 ワタシガコノ国カライナクナル?突然涙が流れてきて止まらなくなってしまった。私は自分が思っているよりずっとこの国と別れるのがつらいのだと初めてわかった。

 
 

えのじょなおこ


藤沢に来て5年。青森にはじまり北海道→バングラデシュ→千葉→トルコ→東京→藤沢と、アジアをまたにかけた経験の持ち主。その上で、藤沢の海と温暖な気候が大好きとのこと。藤沢の魅力、女性とこどものイベント情報を中心に発信していきたいと意欲を語る。



 
藤沢市市民記者一周年記念誌「ふじ記第1号」
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「市民記者養成講座」は慶應義塾大学金子郁容研究室(文部科学省/現代GPプロジェクト)と藤沢市の共同で開催され、ISIS編集学校(編集工学研究所)のカリキュラムの一部が利用されています。また、この市民記者のページは編集工学研究所のサポートで運用されています。